なんとなく、書きたくなったので書きます。
20代の頃、私の夢は 「私が今住んでいるこの国に住む」でした。
だけど、学生時代、私は英語が大の苦手。赤点ばかりとっていました。
英語は勿論、嫌いな科目ナンバーワン。 大学への進学だって英語を勉強しなくてもいい
ことを標準に決めたくらい、英語が嫌いでした。
なのに、人生で最初で最後だと思って行った卒業旅行の旅先、この国に
すっかり魅了されてしまいます。
皮肉にも社会人になってから、お金をかけて英語/英会話の勉強を始めました。
26歳のときに、ボランティアで現地の学校で日本文化を紹介しましょう!!という
プログラムにお金を払い参加。1年間をこの地で過ごしました。
当然、このときは1年だけのつもり。
その後はおとなしく「普通」の人生を過ごすんだと思っていました。 ところが、誤算だったのは
この1年の生活が私の根本的な自我を目覚めさせてしまった!!こと。
性別も年齢も関係なく、個人としてを受け入れる文化のあるこの国に
「すみたい!」と思うようになってしまいました。
ところが、1年ボランティアで住むのと、この国で働くということには
大きな差がありまして、ビザを取得する必要がある。労働ビザはお金をつめばもらえるような
ものではない。努力をしたって、無理なものは無理。 外国人なら誰もが通る関門、ビザ問題がありました。
私は泣く泣く帰国しました。
それから3年の月日が流れ。この間に、色々な資格を取得したり、英語を使う環境にいたり、外国人の友人に巡り合ったり、していました。
すっかり「普通」の生活への道は忘れていました。
そして、二つ目の職場に3年働いたころ、自分の中で「そろそろ、ここも潮時だな」
「地元を出てみるか」「いや、いっそのこと日本を出てみるか」と考えるようになり
フランスのワーホリ申請したこともありました。(勿論、結果はだめでしたけど)
仲のよかったニュージーの友人(女性)と、「じゃあ、一緒に二人で数ヶ月パリにでも行く?」みたいな話で盛り上がり。 (←ちなみにこれ、社交辞令じゃなくって、本気の話)
勤めていた会社に辞表を出しました。
その同じ頃に、たまたま、1年間私がボランティアをしていた学校でお世話をしてくれていた
ドイツ人の恩師とその旦那様が、日本旅行中で3年ぶりの再会を果たしました。
彼らには私のほかにも九州方面で知り合いがいたため、私は彼らに動向して
その知り合いの人たちを訪ねていきました。
その一人が佐賀の英語教師の男性で、彼らにはなにやらこの男性に会いに来た理由がありそうでした。(その時は、私は何も尋ねませんでした)
そして、その瞬間が訪れました。
佐賀からの帰り道、私たち3人は特急に乗っていました。
そして、恩師がこう始めました。
「実はね、今回、佐賀の彼に会いに来たのは理由があってね。
今、当校で日本語を教えている先生が日本に帰国することになったので
彼に日本語を教えにきてもらいたいと思ってね。」 と。
ここまでを聞いて、なんと私には次に彼女の口から発される言葉が聞こえていました!!
こんな経験、先にも後にもありません。 まるで、テレパシーみたいに
くっきりはっきりと彼女の言葉が見えました。
彼女は続けました
「今日、彼にその話をしたんだけどね、彼に答えを待ってほしいといわれてね。
彼の今の状況を見る限り、おそらく彼はこの話を断ってくると思うんだけど。
kloe、この話あなたにしたら、受けてくれる?」と。
もちろん、私の答えは「YES」でした。1週間前に辞表を出したばかり。
友人とパリに行く話しはしていたけど、その後のことは全く予定がありませんでした。
こうして、無事、労働許可書を取得してもらい、この地にやってきました。
22歳で魅了され、26歳で「住みたい」と思い、30歳にして
やっと夢が叶った瞬間の話です。
これ以来、私は、この不思議な力、宇宙の力(?)を100%信じるようになりました。
願えば叶う!!
なんだか長くなりました。
最近、食べ物の話ばっかりだったんで。
kloe








