軽い病気ならいざ知らず、病気を受け入れるというのは複雑な心理状態から、時と共に徐々に心の中が整理され、救われる事でもあると思う。
それがもし、死に近づく過程の病気であっても、最終的に自分の体や心、辛い状況の体調を認めて、飲み込むもの。飲み込んだ後で、それにどう立ち向かうかこそが、一番大事なことだと思う。
否定したい心があったとしても、否定できない辛さを日常的に思い知っている訳だから、診断が出た事で立ち向かう方向性が示されることになる。大事なことだ。
命は必ず限りあるものなので、いずれ自分は死ぬ。それを誰もが常に自覚して暮らしている訳ではないし、そればかり考えていても辛いだけになる。ただ、それを自覚する日は誰にでも必ず訪れるもの。
独り身でも、家族がいても、それぞれに自分の今後が治療に左右もされ、平坦な道ではない。誰でも、それぞれに問題は出てくる。
不安に押しつぶされそうな時は、同じ病の人のブログや言葉を探して、心の安堵を得る。
私自身は、実際にやりとりするのは面倒な性分で、そこまでは踏み入れない。安心をお裾分けしてもらう程度だが、案外それが心を整わせるのに役立っている。皆さんの発信する言葉に感謝だ。
情報に左右されない程度に、自分をうまくコントロールしたい。パニックにはならないように。
今は新型コロナウイルスの件もあり、不安がよぎる。薬のコントロールに四苦八苦していることは事実だし、薬の量がちょっとでも多いと息苦しさが出てくるし、少なくても結局息苦しい。
それに肺炎がやってきたら、完全に息ができなくなるという変な自信はある。拮抗する薬もあるようだし、無闇な投薬で命取りになりはしないかと、不安でもある。
大人の自分の身は自分で守るが鉄則。病気を受け入れたからこその行動をしていくしかない。
しかし、コロナの疑いもしくは陽性であるのに、余暇を楽しむが如くの行動をする「自覚あるウイルス拡散者」には怒りしかない。
それらの人が概ね自分の世代から上の人ばかり。終わっている。悪いお手本にならないように、気を張って日常を送りたい。
