家人の通院に付き添って、久しぶりに出掛けた。最近はあまり外にも出ないので、少し筋力の低下を忘れているようなところがあり、時には気晴らしになるかなとも思った。

マスクをして、コロナ対策も万全。

家人と電車に乗り込んだ。まずは電車に30分ほど揺られる。それから別の線に乗り換えて、数分再び乗車。到着駅から歩く。

乗り換えの駅に着く前に、トイレに行きたくなった。家を出る前にトイレに行ったにもかかわらず、これだ。重症筋無力症は全身の筋力低下なのは以前書いたと思うが、膀胱の筋力も低下しているという訳だ。

どうにも我慢が出来ず、家人の診察時間もあるので、私だけが途中の駅で降りた。現地で落ち合えばいいということになったが、あまり付き添いの意味もない。付き添いという名の、私の気晴らしに過ぎない。

「じゃ、先行ってて。また後で」

そう言って途中下車した私は、駅の改札にたどり着き、やっとの思いで駅員にトイレの場所を聞くと、反対側の改札側にトイレがあるという。歩くと五分くらいかかるかもしれない、という。正直、血の気が引く。今すぐトイレに飛び込みたいというのに。

五分かぁ・・・。冷静を装いつつ、実はここで冷や汗が出始める。五分。近くて遠い。なんせ、尿意すら我慢しにくいのがこの病気だ。

急ぎながら焦らず。しかも気は抜けない。こんな場所で漏らすわけにもいかない。でも、間に合わなかったらどう取り繕って帰宅すべきか。色々と頭をよぎる。もう、心の中で「しばし待たれよ。焦るな。落ち着いて急げ。そして、早くトイレを見つけるのだ!」と冷や汗ながらパニクる。

いやはや、なんという文章を書かねばならないのだ、私は。これが友人と一緒だったらアウトだったかもしれない。相当気心がしれていないと、途中下車もできないかもしれない。家人ならばなんとかなる。もう友人と出かけるにも躊躇があるな、などと思考はグルグルまわる。

どうにか反対側の改札にたどり着き、すぐにトイレを見つけ、事なきを得た。もう、こういう時は砂漠にあるオアシスにたどり着いたような安堵を覚える。まったくもって情けない。でも、それがこの病気だ。オムツを買うべきなのかと迷うこともある。いやいや、まだいくらなんでもそんな年齢ではない。だからこそ、困っている。

その後、家人の通院場所の最寄駅まで行くものの、診察が早く終わりそうだと連絡をもらい、駅前の喫茶店で待つことにした。コロナ対策心得、急病や自分の診察以外は病院に近づかない。

そんな訳で、カフェオレを飲みながら家人を待った。結局会計に時間がかかったのか、私は喫茶店で1時間ほど待った。

家人を待つその間、4度もトイレに席を立つ。もう、病的すぎてどんよりした。

これをもってして、薬が効いているとは言い難いだろう。それでも、複視が以前より減っている感じがあるので、そこそこ効いている部分もあるのだろうが、膀胱関係には効果がスルーされている。

昼食を食べ、帰宅途中でもトイレに2度も寄る事態だった。チマチマ割った薬はこまめにしっかり飲んでいる。割り当てられた分量は副作用が酷くて無理だが、1日の分の2/3は頑張って飲んでいる。これ以上は痺れや嚥下障害が出るので無理なのだ。

今後、友人に理解してもらわないと付き合いも大変だなと思う。主治医は、この病気を理由に生活に制限があるということだけは無くすように持っていく。と話していた。それ大事だ。


トイレ事情ばかり書いたが、流石に歩いただけあって、帰路は「疲れた」「助けて」「キツい」と言いながら、息を切らしてようやく家にたどり着いたことも報告しておく。

生活に支障?出てる、出てる。