「おかーさーん。」


 まだ幼いころの【彼】(※1)は、母親に【彼女】(※2)との接触をねだった。【彼】が日ごろ【彼女】に対してどのような感情を抱いているか知っていた【彼】の母親は、疑問をいだきながらも、接触を許した。


 【彼】は自分のほうから【彼女】との接触を望んだにも関わらず、【彼女】と接触するやいなや、【彼女】を拒絶し、突き飛ばした。


 まだ幼なかった【彼】の目には、【彼女】が、【彼女】によく似た大好きなもの(※3)の姿に重なってみえたのだ。確かに外見は似ていたが、外見から【彼女】を判断してしまった【彼】は、【彼女】の中身を知るやいなや、いやけがさしたのだった。



 それ以来、【彼】は【彼女】を拒み続けた。


 時に【彼】は、【彼女】の事を好む人に対して、『お前の気が知れない。』と言った内容の言葉さえも口にした。


 【彼】は気持ちに変化がないまま、成長していった。



 しかし二人にとって転機が訪れる。



 転機の場となったのは、大学の実験室であった。

 大学の実験室で【彼】は【彼女】の事をくまなく観察した。スミからスミまで、じっと見つめた。顕微鏡も使った。顕微鏡で観察した様子のスケッチもとった。


 しかし、【彼】は【彼女】と打ち解けたわけではなかった。


 大学の帰り、スーパーで【彼】と【彼女】はある偶然によって出会った。ある偶然とは、実験の先生が、【彼女】を【彼】に紹介したのであった。「家に持って帰れ」と。


 しかし二人きりはきついと言う事で、【彼】は【彼女】とともに、一緒にスーパーに行っていた友達の家に行った。


そこで【彼】は決意した。【彼女】を理解しようと。


 しかし、ダメだった。


 ………


 それから約半年がたち、ふたたび【彼】の方から【彼女】を理解しようと思い始めた。


 【彼】がひさしぶりに【彼女】に出会うと、あのきつかった匂いも、香水を少なめにしたのか、やわらいでいた。(※4)


 【彼】は【彼女】にアプローチしやすいように、「ピリリと刺激的な真っ赤な格好(※5)」や、「しっとりと潤いのある、まるで雪のような格好(※6)」をさせた。


 何度か【彼】は実際に【彼女】の事を理解しようと試みた。が、しかし何回目かのアプローチで信じたくないある考えが頭をよぎった。

 

 『やはり…打ち解けるのは無理なのか。オレはその内【彼女】に対する想いが変わると信じていた。きっと受け入れられると。』

 

 こうなってしまっては、【彼】はもはや【彼女】に対して、何の魅力も感じない。【彼】は、【彼女】にとってはただの“用なし”(※7)にすぎないもののほうへ、魅力を感じてしまったりもする。


 【彼】が【彼女】を頭で理解しようと思えば思うほど、二人の距離は縮まらない。


 【彼】は【彼女】と接触しないことに対して、言い訳も使った。


 「もう【彼女】なんかなくても、おなかいっぱいだ。」



 【彼】は気づいていない。

 【彼女】の事を好きになろうと頭で考えてもそうはならないことを。

 【好きになる】というのは頭で『好きになろう』と自分に言い聞かせて、考えて努力してなるものではなく、ふと自然になるものであるという事を。




 ※1…ある特定の人物を暗示している。

 ※2…【納豆】の比喩的表現。

 ※3…【プリン】のこと。幼いころの【彼】には、カップ状の容器が同じに見えていた。

 ※4…【においひかえめ納豆】のこと。香水というのは、比喩的表現。

 ※5…キムチ納豆のこと。

 ※6…大根おろしをいれた納豆のこと。

 ※7…ラ・フランスのこと。ライバルである【彼女】の嫉妬心を暗示させるため、“洋ナシ”→“用なし”と変換している。