英語と子育ては、娘の誕生以来、私の2大パッションでした



その一人娘も大学生。英語科に在籍し、この6月に、1年間の交換留学プログラム(in シアトル)を終えて帰ってきたところです。
このシリーズでは、子育てと英語(主に英語本の読み聞かせと多読)について、また、そこに至るまでの私の英語修行を、子育てのエピソードを交えながら紹介したいと思います。
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前回までに、私の読み聞かせは、区切り読みによるものであることを書いてきました。
One cold winter day, / a little girl and her father / arrived / in London. (Bookworms Stage1 「A Little Princess」)
といった具合で区切って、ポーズを置きながら読み聞かせていきます。
ここで私が当時無意識にやっていたことで、今考えるにとても大切だったなと思うことがあります。
それは、当時の私の英文読みのプロセスに従って、読み聞かせをやっていたということなのですが。。。
当時すでに洋書を普通に読んでいましたが、私自身が英文を読む時は、一旦左から右へ流れていった目線を、再度左へ戻すということはありませんでした。
私たちは日本語の小説などを読む時、上から下へ、右の行から左の行へスムーズに、流れるように読んでいきますね。
それと同じように英文も読んでいましたから、返り読みなどという発想がまったく頭の中にありませんでした。
英文は前から前から読んでいけばわかるもの。意味の切れ目ごとに前から前から意味を理解していけばよいと思っていましたから、ポーズは切れ目を示すためだけに置いていたのです。
娘相手ですから、区切りごとに娘の顔をチラ見して、理解しているのを目で判断しつつ読みましたから、結果的に区切りごとに1拍置きながら読むような感じでした。
しかし、それ以上の間は置きませんでした。さらに、文中のポーズと文末でのポーズに差はありませんでした。
つまり、娘に返り読みのスキを与えなかったということ。文末で時間をとって内容を整理し直す、もっと言えば日本語の語順に直す時間を与えなかった、ということです。
ただ自分の読み方を踏襲した結果、そのような読み聞かせになったのですが、このことが非常によかったのではないかと思います。
返り読み、そして訳し上げ。このふたつが英語をマスターする上で大きな障害になっていると、思いますから。この弊害を早いうちに取り除けたのは、大きなアドバンテッジになったのではないかと。
とりわけリスニングにおいて、その効果がてきめんに現れるのですね。
文字と違って、音声は一度流れると戻ってはきませんから、返り読みも訳し上げもできませんもんね。
英文を読むときは、立ち止まったり、戻って意味を確かめたりできるので、その特性を利用することがありますが、英文を読むのも、英文を聞くのと基本的には同じ作法であるべきだと私は思います。
流れるように前から前から理解していく。そして、その手助けとしての区切り読み。
不必要に日本語で解説を入れたり、決してしません。聞き手の理解の流れを妨げてしまうからです。
知らない単語、フレーズを簡潔に伝えるなど、必要最低限の日本語を挟むだけ。
そういうことがとっても大切だったと思います。
つい、不安になって日本語で説明したくなる気持ち、そしてそれが受け手にもたらすダメージというのは、なんとなく「お説教」に似てると思うんですよね。
やった方はなにかやった気になるのですが、受け手からいうと、長ければ長いほど効果を減じていくという。。。
ある意味、読み聞かせは忍耐がいるのです。余計なことを言わないでいるという忍耐が。
今回のお話はここまでです
いつもおつき合い下さりありがとうございます
