グリーフの神経科学(仮)

『日経サイエンス』2016.03号で、「脳の発達/10代の脳の謎」の記事が載せられた。





私の個人的見解に過ぎないのだが、グリーフを起こした脳の中では、神経科学的な特異な現象が起こっているのではないかと考えている。

日経サイエンスの記事の内容は、次のようなものだ。

10代の脳は、子供とも大人とも異なり、ホルモンによって成長が促される大脳辺縁系と、適切な判断と衝動の制御を促す前頭前皮質の成長時期のズレが起こるとしている。

感情をつかさどる大脳辺縁系は、ホルモンの影響により思春期に強化されるが、前頭前皮質は20代になるまで成熟しない。
このミスマッチさが、10代特有の行動の背景となっている、とのこと。

このミスマッチは病的なものではない。
危険を冒したり刺激を求めたりするのは、複雑な世界をうまく生き抜いていく方法を学習するための正常な行動とされる。

脳の発達は、過剰生産とその後の選択的除去を通じて進む。
多くの認知的進歩は、選択的除去の過程で起こる。
この過程で、使われない、または不適切な細胞の接続は刈り込まれ、頻繁に使われる接続は強化される。

このような過程は生涯にわたって続くが、特に10代の脳は神経の刈り込みが激しく行われる時期だ。

このことが、10代特有の新奇探索や冒険をはじめ、危険な行動に走りやすいことにつながっている。

反面、成人して安定化するまでの時期は、飛躍のチャンスに満ちた時期でもある。
10代の若者が持つ、このような可塑性と脆弱性は、その後の自分自身のアイデンティティー獲得に向けて重要な役目を持っている。

ただし、病的な発達ではないとしても、その脆弱性は多くのリスクを伴う。
不安障害、そう極性障害、精神病、うつ病をはじめ、薬物乱用や事故死、自殺などの引き金にもなる。
実際、統合失調症の発症時期もほとんどがこの時期とされる。

グリーフにおいても、自らの経験を客観的に眺めるのなら、まさに、これと似たような状態だったのではないか、と推測している。

前頭前皮質への神経接続が一時的オフラインになった感覚。
衝動性が高まり、感情の抑制が利かなくなる
さらに、悲しみばかりでなく、怒りや高揚感など、ありとあらゆる感情を体験する。

10代の若者が持つような、感情の体験や行動とまさしく同じである。
また、グリーフにおいても、精神疾患に移行しやすく、自殺のリスクも高まる
不安障害やパニック障害、うつ病様の症状など、精神疾患への前駆段階を体験する。

グリーフでは、言葉では言い表せないような辛さや苦しみを体験する。
それは、精神的なものばかりでなく、まさに身体的症状として感じられるものも多い。

グリーフからの回復・再生には、新たなアイデンティティーの獲得がテーマとなる。
このことも、10代のテーマと重なるものがある。

グリーフやグリーフ・ワークが、長い人生の中で培われた経験に基づいて構造化された脳神経の再構成にあるとしたなら、グリーフ・ケアはこれまでの心理的アプローチ以外のものが求められるのかもしれない。
抑うつがひどい時の薬物治療においても、配慮されなければいけない事項も出てくるかもしれない。

グリーフの本質とは、構造化された神経系では対処できないような体験をしてしまった際の、新しい環境に適応するための神経接続の再構成がその働きなのではないか、と私は考えている。
だとしたら、グリーフは、脳の可塑性を示す端的な事象となる。

もっと、取り上げられてもよいテーマであり、そういった視点からのグリーフ・ケアも必要なのではないか、と思っている。

グリーフは、体験したものにしかわからない特異的な経験である。
喪失から数年後の自分は、もはやかつての自分ではない。
その変化の大きさに、自分自身でも驚く。

グリーフ学で言われている「想定の世界の崩壊」は、心理的なイメージの言葉なのではなく、本当に、神経系が崩壊してしまうのだ。