とも君が歩けなくなった日から1年が経ちました。
2022年3月29日、四肢がぴーんとまっすぐになったまま自分で曲げたり伸ばしたりができず、立てなくなってしまいました。
〈首も動かないので頭を支えられない〉
その日のことは今も鮮明に覚えています。
とも君はその頃FIP再発治療をしており、再発治療を始めてからずっと調子よく行っていたのに、2週間ほど前から急速に調子が悪くなり、食欲廃絶、下痢が続いていました。それでもゆっくりですが、前日まではなんとか歩けていました。
歩けなくなった日の朝も少し歩けていました。脱水症状が続いていたので、その日は病院へ連れて行き少し長めに点滴をしてもらいました。そして点滴が終わって、自宅に連れて帰ると歩けなくなっていました。
信じられなくて、姉と何度も何度も体を支えて立たせようとしましたが、そのまま横にパタンと倒れてしまう。「とも君、どうしたの? 立てるよね? 歩けるよね?」何度も話しかけていました。だめでした。何度やっても同じ結果。
そして、今までと明らかに表情が違って、目があまり開いてなくて、反応が全くない状態でした。 現実を受け止めなければいけない自分と一時的なものですぐに回復すると信じている自分がいました。でも目の前には昨日とは全く様子が違うとも君がいる。
前日まではなんとかトイレにもいけていたけれど、この状態ではトイレにもいけない。排泄はどうしたらいいの? こんな無反応な状態でご飯は食べれるの?このままとも君はお空へ行ってしまうのだろうか?
明日になったらきっと歩けるようになってる、そう信じてその日はとも君の横で寝ました。といってもほぼ眠れないまま、夜中にとも君の状態がさらに悪くなっていることに気づきました。手足が氷のように冷たくて、棒のようにカチカチ。目を瞑ったままの状態。呼吸はなんとかしていましたが、このままでは危ないと思いました。幸い主治医は早朝から開いているので、すぐに病院へ。極度の低体温で死に向かっていることを告げられました。おしっこも前日から出ていなかったので、圧迫して出してもらいました。点滴はしてもらいましたが、それ以外できることがないと言われ、最期は自宅でと家に連れて帰りました。ヒートパネル、電気ストーブ、ヒートマット、湯たんぽ、カイロ、できる限りの方法でとも君を温めました。
〈お別れを覚悟して一緒に寝ました〉
経鼻チューブをつけてもらったので、そこから液体のご飯を入れました。圧迫排泄のやり方を病院で教えてもらったけれど、私も姉も経験をしたことがなく、自宅に帰ってやろうにもできない。しかし、あまりに弱っていたので、とも君を病院へ連れて行くことすらこの時は命取りになると感じ、なんとかしなければと。
尿を出せないのは命に関わるので、すぐに以前からお世話になっていたシッターさんに連絡をとり、自宅に来てもらって、圧迫排尿をしてもらい、やり方も教えてもらいました。家にあったぬいぐるみで何度も練習をしました。尿はなんとか圧迫で出せるようになりましたが、便はどうしたらいいのだろう。また次の問題が出てきましたが、便は後数日は大丈夫とシッターさんにも言われ、とりあえず今は低体温を脱することとおしっこを出すことに集中することにしました。
明日にはとも君の命はないかもしれない、今日が最後なのかもとも思って涙が溢れ出てきました。ここまで長い期間FIPの治療を頑張って、200日近く投薬しました。そのうち半分くらいは注射もしました。こんなに頑張ってきたのに。FIPの治療で寛解している子も沢山いるのになんでとも君だけこんなに苦しむんだろう、って。
口には出さなかったけれど、この時、とも君はもう助からないかもしれないと私も姉も感じていたと思います。それでもやれることを最後まで全力でやろうと、圧迫排泄、保温、カチカチの手足のマッサージ、給餌を続けました。
数日で低体温症からは脱しました。氷のように冷たかった手足にも体温が戻ってきました。依然として歩けないままでしたが、なんとか大きな山場は超えたのかな、と思いました。とも君がこの状態になってから2週間ほどは2人も毎日交代で数時間の睡眠しか取れませんでした。姉は数時間の睡眠で会社へ行き、日中は私が世話をし、姉が夕方早めに帰宅してからは、交代してもらって、私が今度は少し休むみたいな生活でした。圧迫排尿は大分と自分達で出来るようになりましたが、圧迫排便はいつまで経ってもできなくて、数日おきにシッターさんに来てもらってやってもらっていました。
とも君は命は繋いだけれど、歩けるようにはならないとうっすら感じていました。FIPから半身麻痺の子はSNSで調べるといたのですが、四肢麻痺(首から下が全く動かない状態)認知機能にも障害がある子は見つけることができませんでした。参考にさせてもらうような前例も、相談ができる方もおらず、一体どうすればとも君が回復に向かって行くのか先が全く見えない状態でした。
ここからはこのブログの一番最初の投稿に遡っていただくと私たちがどのように闘ってきたかを残していますのでもしお時間があれば読んでみてください。
〈体を起こすことも出来ない為、最初はこうやって鍼治療してました〉
再生治療、デトックス、鍼治療、漢方、マッサージ、そしてリハビリ、これらを通して、食べられなかったご飯が少しずつ食べられるようになり、動かなかった手足が少しずつ動くようになり、反応が少しずつ戻ってきて、とも君は少しずつ少しずつ回復をして行きました。
「とも君がもう一度歩けるようになったらそれは奇跡だよね」姉とずっと話していました。
「前例がないなら、どうなるかは分からないよ、諦めずにいようね」こうも話していました。
前例がないなら、とも君が道を開きたいと思っていました。だから私達は可能性があるならと、できる限りのことをしました。今現在、とも君は、障害は残っていますが、自分の足で歩いて、自分で排泄をして、自分で飯を食べて、名前を呼んだらお返事ができるまでに回復しました。
〈階段も登れるように〉
先生方、SNSを通して知り合った方々、家族、沢山の方に励ましてもらい、応援していただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
とも君を家族に迎えてから2年半。振り返れば、大変だったことより、嬉しさや感動の方が多かったです。
とも君は、家族の大切さ、健康のありがたさ、障害との向き合い方、沢山のことを気づかせてくれました。
とも君にもありがとう、って言いたいです。とも君これからも元気でいてね。
2023年3月29日






