いつもお世話になっている看護師さんとちょっとお話ししたんだけど。

「今は気持ちが落ちてるから、考えない様に」って言われちゃいました。

そろそろ終活始めようかなって。

家にある私物を見回すと、いっぱいあって『私って物欲の塊なのかな』って。

少し前に「明日死んでもいい片付け」って本をAmazonで購入しました。それを読むと、最低限の荷物で質素に暮らす、だったかな。

お気に入りのマグカップは1個までに絞る。胃がキリキリしそう。

選んだ物以外はリサイクルショップに出すかメルカリで出品するかが良いそう。
お気に入りに値段を付けるとか、嫌だなぁ。

身の回りにある物は、中には後から後悔した物もあるけど、殆ど購入まで何度も悩んで選んだ物だから、それを最低限の数まで減らす作業が辛い。
終活、難しい。








過去歴代のハムちゃん達がお世話になった動物病院は4つあります。


どの獣医師さんも丁寧に診察してくれましたが、引越しを繰り返して段々遠くになり、具合の悪い子を連れての電車やバスの移動を考えると、負担になりそうで新しい病院を探すことにしました。



検索したら「ハムスターは診療外の様だけど、診察してもらえたので電話で確認してみてください」と口コミを見つけダメ元で掛け、状態を説明して「診察お願いできますか」と聞いたら、「小動物は診察に時間が掛かるので受付終了時間より1時間前には病院に来てください」と。


もう診察して貰えるだけで嬉しくて、「ありがとうございますっ、今から直ぐ行きます。」って、大急ぎでキャリーに八朔を入れてハムちゃん専用鞄に入れ、歩いて病院へ。そう、徒歩圏内だったんです。


私自身が車も自転車もある事情で乗れないので、徒歩で行ける病院が見つかって本当に嬉しかったです。


今の家に越してきて随分経ちますが、徒歩圏内にハムスターを診察してくれる動物病院があるなんて全く知りませんでした。大抵はわんちゃんねこちゃんが多いので。


グーグルマップで見ると近道があるようで、線路沿いに歩いたら、踏切1つ渡るだけで信号は1つも無く15分〜20分で到着。一方通行の道をテクテク歩くだけなので、車も少なくなかなか良さそうでした。


ただ、気になったのは街灯が少ないこと。多分暗くなったら真っ暗でしょう。あと歩道がありません。踏み切りと道路が変形(信号無し)4叉路に跨っている場所があり、陽が落ちたら危ない道でした。
緊急で夜に行く必要がある時は、反射板を身体に付けて行かなくては。


あとは遠回りだけど車の多い大通りを行く方法です。方向音痴なので事前にその遠回りルートもお散歩がてら歩いてみないと。


病院に着いてみると、待っている患者さんはいませんでした。予約制ではありません。受付で問診票を渡され、記入後5分と待たずに名前を呼ばれ、待ち時間ほぼ無しで診察室へ。


専門医じゃないから仕方がないけど、持ち方がやや気になりました。これはハムスターは嫌がるだろうなと。咬まれないための方法なのでしょうけど。


それと人の病院でも見るゴム手袋をしていて、この匂いもハムスターは嫌がりそうで、ゴム手袋の匂い=嫌いな事をされるってもう記憶に強く残っていそう。


飼い主さんの知りたい事に丁寧に説明してくださり、診察も目の前でしてくれる為、安心感はあります。


近くていいけど、八朔の負担がかかる様なら扱いに慣れている専門医がいる病院の方がいいのでしょうか。


診察中のストレス>移動のストレス 
はたまた逆か。多分どっちもストレスでしょう。


移動中(電車内のマイク音声や駅構内の音や騒音、バスに揺られる振動)のストレスも慣れる事は無いと思います。


ハムスターは他の動物から捕食される側なので、嗅覚と聴覚が非常に発達しています。そして臆病な性格の子が多いです。ウチの八朔もそうです。


我が家に来てもう直ぐ1年ですが、最近になってやっと手乗りっぽくなって来ましたが、先日の治療(3度目の診察)で信用度はマイナス100ぐらいになってしまい、手を出すと逃げる様になってしまいました。ウチに来た時より酷い。


やっぱり扱いになれてる遠い動物病院の方がいいのでしょうか。悩むなぁ。








骨髄異形成症候群

父が亡くなる原因になった病気です。


この病気になるまでの父は、年齢の割に元気で

お散歩が大好きなお爺さんでした。


この病気になってからは、自力で歩く事が出来なくなり、どこに行くにも車椅子が手放せなくなりました。


輸血をしないとご飯も食べられず、ベッドに寝たきりでした。血液の病気なので、手足が冷えて辛い様で、私のモコモコ靴下を貸してあげたりしました。


医師の説明では、直接の原因が分からない病気だそう。


胸の痛みが出て痛み止めを投与したら、余命はかなり短くなると説明を受けました。父は痛みに弱くて多分直ぐ「痛み止めしてください」って言いそうだね、と姉と話していて。


実際、その説明を受けてから1か月くらいでした。

本人は痛みに苦しまず逝けたのが救いだったのかなと。普通に眠っている様な表情でした。


父の病名が分かってから約半年でした。

母の時はもっと短かったけど、父も短かったなと。


2年前に従姉妹達と行った故郷旅行が最後の旅行で、道中バタバタしたけど今はいい思い出です。