突然ですが、2026年3月後半に稽留流産したときのことを書きます。すみません。

最近やっと円錐切除手術から体調が戻り、稽留流産してしまった子のことをゆっくり思い返すことができました。看板持ち

気持ちの整理も兼ねて記録していきます。



数年前1人目不妊治療のときに受精卵をいくつか凍結しました。

2人目不妊治療はその受精卵を子宮内に戻す、融解胚移植を2026年から再開しました。

薬等は今回省き、簡単にまとめると


・2026年2月 融解胚移植 グレード4AB

BT6から胸がいつもの生理前より張って痛くて仕方なかったです。それ以外は症状なし。びっくりマーク


・2026年2月半ば BT12 判定日 陽性

その日から毎日ピンクのおりものだったり少量出血あり。

何とかBT19で胎嚢確認できました。13mmで平均値でした。つわり開始。

この次の日のBT20に大量出血しました。薄めナプキンを貫通してズボンに付くほど出ました。

すぐに受診してみてもらうとまだ胎嚢はあり、たまたま卵黄嚢も確認できました。

絨毛膜下血腫もないし先生には安静にするしかないと言われました。

出血は少量になりましたがずっと続きました。ちょっと不満


ここからBTではなく週数(w)で表記していきます。


・6w後半 心拍確認 CRL5mm

出血しているのにピコピコと光る心拍を見せてくれました。嬉しかったです。


・7w後半 心拍確認 CRL5mm

心拍は見えましたが、赤ちゃんの大きさが変わっていませんでした。

先生は奥にいて見えないときもある、心拍あることが重要だから。と言っていました。

私は1人目のときと明らかに大きさが違い、調べると大体の方が10mmとあり嫌な予感がしました。

けどまだつわりあるから大丈夫!と自分に言い聞かせていました。真顔


・8w後半 心拍確認出来ず CRL5mm

先生は丁寧に心拍を探してくれましたが、確認出来ず。稽留流産だろうと告げられました。


私はエコーで小さいまま心拍を止めた赤ちゃんをじっと見ていました。

「これ夢だよね?なんて悪い夢なんだ…早く覚めてよ。」と心の自己防衛なのか他人事のように感じられました。汗

先生から「カミツレさん。残念だけど今後の話をしようか」と言われ

なんとか「はい」と答えたときに涙がボロボロと溢れ出て止まらず、私は赤ちゃんを失ったのだとここで自覚しました。