「少しの差は少しじゃないのよ」

 

 とある競技を熱心にやっている友人お母さんが言った言葉です。

 

昼間にトレーニングをするために、それに合わせられる形態でしか仕事をしない程度には、その友人の競技に対する姿勢は本気度が高いです。

 

道具にもお金がかかるみたいだし、栄養管理にも相当気を使っている。

 

 

 

お母さん「試合の中で、このタイミングでこれをしていたら、〇位に入れた。こっちのタイミングでそれをしていたら、△位になっていた・・・・」

 

少し前に、試合後のディスカッションでコーチとそんな振り返りをしたそうです。

 

 

お母さん「実力的には、出来ることなの。本番で、なんで出来なかったんだろう?というのが今考えてもよくわからない。その場面で対応する方法を知ってもいるし、体もそのように作ってきた。でも、あの時、出来なかった」

 

お母さん「結果としては、〇位と〇+1位なんて、少しの差、でしょ?『惜しかった』って範囲に見えるかもしれないけど、でも、その、少しの差の中には、考えられないくらいのトレーニングの差、バックグラウンドの差があるって、よくわかった。少しの差は少しじゃないのよ」

 

 

そう言っていました。

真剣に競技に取り組んでいる友人の言葉なだけに、ズシンとくるものがありました。

 

 

 

『少しの差は少しじゃない』

 

 そうかぁ。

受験をしていく中で、あと1点だった、あと3点だった、惜しかった!!とかいう話、あるけど。。

 

。。。確かに惜しい、少しの差。

漢字一つだったかもしれない。

 

でもその一つが、現実、合否を分ける。

 

『少し』

なんだけど・・・・・

 

その漢字の問題で常に正解するためには、事実、何百という漢字を覚える必要があるのだし、結果に差をもたらしたわずか一つの正解の差の裏には、何年にもわたる日々の努力の積み重ねの差があるのかもしれない。

 

まあねキョロキョロ

もともとの能力の差もあるだろうし、その1点のためにかけた労力に個人差があるとも思っているし、運の要素があるのも間違いない。



でも、

 

 

『少しの差は少しじゃない』

 


その通りなんだろうな。

 

この先いい結果だけでなく、望ましくない結果をもらうこともあると思うけど、弟くん猿には、どんな結果も謙虚に真正面から、潔く受け止めて欲しい、なんて思いました。


子供たち、頑張れ!炎