「はぁ~?お前がついて居ながら、アシュリーとマリがさらわれただって?お前!まだ僕のブリザドが食らい足りないらしいな!?」
「ゴメン!!ホント面目ない!!この通り!!」
「謝って済むなら警察は要らねんだよ!」
未だ少し息を切らしながら土下座する時雨に、シルバーはソファにどっかと座って脚を組み直しながら、イライラとつま先を揺らす。
解っている。あんな目にあっておきながら、アシュリーから目を離した自分も悪かったのだ、時雨だけのせいじゃない。シルバーはそう思いながらも荒くため息をついた。
場所はシルバーのモグハウスに移動して、もとい、屋敷から叩き出され、アシュリーの姿が見えないことに気がついた矢先の、時雨の報告だった。
アリウスが言う。
「時雨、もういい。顔をあげて普通に座れ。俺達もアシュリー自身も気を抜いて隙を与えてしまったんだ。お前のせいじゃない、相手の遣り方が卑怯だっただけだ」
事の他自分など、こんな時に、自分の事に感けていたのに、誰が時雨を責められよう。アリウスはぼんやりとそう考えていた。
「…でも、時雨君が手も足も出なかったなんて…」
「よっぽどだわネ。どこのシマの連中かしら。……どうしたものかしらネ。どこに連れ去ったのやら」
フォンとチェリーに、そんなの決まってる!と、シルバー。
「あの、変態野郎の屋敷だろ!…ちょっと今から行って……」
「やめておけ、シル!お前が監獄行きにされる」
「でも……!」
「何か他に手を考えるしかない」
その時、ドアをノックする音が聞こえ、モーグリが「ご主人様のおうちの人だクポ」と小さく呟いた。
「…何だ。ここへは私の許可なく来るなと言っているだろう」
「旦那様。…旦那様宛にお手紙が届いております。大旦那様が至急、モグハウスにおいでの旦那様にお持ちするようにと。……こちらを」
「手紙……?」
シルバーは、屋敷の使いの者から手紙を受け取ると、サラサラと読み………半分も読まない内にクシャクシャと丸めて、床に叩きつけた。
「あの野郎……!」
「どうした?どんな手紙だったんだ?」
アリウスがそれを拾い上げて丁寧に開き、読み上げる。
「親愛なるメルヴィウス様………此度は私共の婚約をお祝い頂き、厚く御礼を申し上げます。……つきましては、明日の夜ささやかなパーティーを執り行いたいと存じますので、貴公のご出席を……………アルフレッドNセルベス及びアシュリエル・ハーデス。………ふぅん、確かに、やる事が変態だな」
シルバーはアリウスから手紙を取り上げると、ブーツのヒールで踏みつけた。
「やっぱり、ちょっと、僕、今から………」
「待て待て待て、シルバー。むしろこれは好都合じゃないか。まさかこんな手紙をよこしておいて、普通の会ではあるまい?」
「…む。なるほど」
「先方が提示するように、明日の夜に行こう。時雨はいつも通り、潜入でもして、協力してくれ」
「そうか、度々すまないね。……君、叔父様には、私はこれに行くと伝えてくれ。…後、正装用の服を急いで用意してくれるか?…色?……もちろん白だ。……それとね、急ごしらえになるけど……先代達と同じプラチナリングって……すぐ用意できるか?」
いいよね?とシルバーは恐る恐るサンを振り返る。
「いいも何も!さっさとケジメをつけろ!いつまでもうちの子をテキトーな立場に置いとくな!」
「…ありがと」
サンは、今度はアリウスの方を見上げて言った。
「それと……新婦の義父に招待状がこないって、どういう事だ?……これはもちろんオレも……その、楽しそうなパーティーに参加させてもらえるんだろうね、アル?」
サンの右手にはキラリと片手棍が光っていた。
ひたひたと誰かがやってくる音で、アシュリーは目覚めた。冷たい石造りの床、壁。地下牢のようなところだろうか?我が子を急いで抱きしめる。ジメジメしていて、自慢の鼻もすんとも効かないが……恐らく3人か4人、それもガタイのよい男だろう、ぞろぞろとこちらに向かっている。
南京錠のあく音がして、重そうな木戸が開く。アシュリーはきゅっと身を硬くした。
「御機嫌よう。ミス・ハーデス」
「……。」
「そんなに恐い顔をしないでくれないか」
アシュリーはあからさまに眉間にしわをよせたが、彼は続けた。
「アシュリー。私は君の事がこんなに好きなのに、君はお金さえ持っていれば誰でもいいのかい?」
「貴公との契約は破棄したい。理由は新しいパトロンの方が身分が上だからだ。……そもそも、私が好きだなんて甘言も嘘なのだろう?」
「へぇ……」
その男、セルベスは、アシュリーの側までカツリカツリと歩みよると、あらゆる意味で彼女を酷く見下して言う。
「その子供、メルヴィウス家の御曹司との娘なのだってね…メルヴィウス伯爵家と言えば、サンドリアでも有数の名家だ。その子息に遊女との間に混血の隠し子が居たなんて、そんな事が明るみに出たら、彼の立場はどうなるだろう?……元々あの家は、近年良くない話ばかりだ、何故かピエージェ王子が肩入れしていて何とか持っているようなもの、お取り潰しだってあろう」
「…私は遊女ではない。冒険者だ」
「どちらも大して変わらんよ、傭兵風情が。…取引をしよう」
「取引?」
「私を選べば、その娘の素性はひとまずなかった事にしてあげよう。その方が彼の為だと思わないか?」
「貴公に何のメリットがある?」
「メリットなら沢山あるさ。…元はただ、孤児院を買収すれば名前も売れるかなって思ってただけだったけれど、娘がメルヴィウス家の血筋だったなんて、とんだ棚ぼただよ!メルヴィウス家の弱みを握れるだけじゃなく、その子はゆくゆく後継者不足のメルヴィウス家を継げる立場にもなろう。君と結婚したらいい事しかない」
「……。」
「君は大好きな彼を助けてあげられる。私は君の娘の父という立場が手に入る。互いに利益を得られると思うんだ」
(やっぱり、シルバーは、私と一緒に居ない方が幸せなのか…?)
アシュリーは目を伏せる。
(お願いだ、シルバー。今すぐ……)
その彼女の顎を、セルベスは膝をついて、乱暴に鷲掴みする。腕の華美な装飾がジャラリと音を立て、指にいくつもはまる高価な石ばかりついた指輪が、彼女の頬に食い込んだ。
「メルヴィウス伯爵家にとって、君は邪魔者だと言ってるんだ。いくら傭兵風情でも、そんな事も解らん頭でもなかろう。もう一度聞く……」
アシュリーは顔をしかめて、男の顔に唾を吐いた。
「…この売女が…!」
セルベスは、胸ポケットからハンカチーフを取り出して、神経質そうに顔を拭いながら、立ち上がり、その汚れの一つも無い高価な靴で、アシュリーを蹴り飛ばす。
「まあいい。どの道、君に選択権はない。今夜、婚約パーティーをする予定だからね」
「私はそんなつもりは……!」
「売女が何を今更。精々めかしこむ事だ。…よく覚えておくといい、これはメルヴィウス伯爵家の為でもある。……さあ連れて行け」
アシュリーは男達に両脇を固められ、部屋を出る。
やっぱり、シルバーは私とは……。
お願いだ、シルバー。
今すぐ。
愛してると言って。
富や名声より、私の方が大事だと、もう一度、はっきり言って。
「ママにゃ……しるばーている、くる?」
「……え?」
「つよいあかまどうしさんが、けんでわるものをやっつけてくれるの。しるばーているは、マリとママにゃ、たすけにくる?」
「……ああ。来るとも」
「ちゃんとしってるかな?マリのことしってる?」
「ちゃんと知ってる。シルバーには凄腕の忍者が居て、何でも知ってるんだ」
「ニンジャつよい?」
「ああ。忍者も強い。きっと今頃、シルバーテイルのところに辿りついてる」
「じゃあマリなかないよ!」
「良い子だ」
「ママにゃもなかない?」
「ああ、もちろん」
「ニャーおやくそく!」
泣かない。
約束する。
シルバーは絶対迎えに来る。
約束通りに。