その夜、サンドリア、メルヴィウス邸にて。
「ミルドリアン!貴様、この有様は一体なんだ!?家中がまるで戦場の跡ではないか!」
「ええ、まるで、ではなくて、戦場の跡ですよ。叔父様が用心棒に払う報酬を渋るからこうなったんです!どうして叔父様はそういうところでいつも無用心なのです!?」
「呼び込んだのは貴様だ、私じゃない!!しかも!子供まで居るだと!?そんな話は聞いていない!どうして貴様はそういうところでいつも無計画なんだ!?」
「後ほどお話するつもりだったんです!どうせ叔父様、まともに私の話を聞いてくださらないでしょう!?そもそも私の話を聞く気がないでしょう!?」
「ああ、貴様のくだらん話など聞いても1ギルの足しにもならんからな!…傭兵の女との子など…!貴様の事だ、大凡遊びが過ぎたんだろう!名門メルヴィウス家にこれ以上泥を塗るつもりか、貴様は!」
シルバーはアシュリーをぐっと抱き寄せて、下唇を噛む。
「その話はこないだ整理してご納得いただいたはず。まだ持ち出すおつもりなら、彼女の前ではおやめいただきたい。…大体そんなの……先代の時点で、とっくに……それに私と彼女はそんな不設楽な関係ではありません!」
「うるさい!兄上は貴様のように根無し草のごとく暮らしていた訳ではない!義姉上も種族こそ違うが立派なお方だった!断じて傭兵とは違うからな!今日こそ貴様のそのだらしない根性、叩き直してくれるわ!」
「ちょ!抜刀はおやめください、叔父様!」
だらしない根性は間違ってないがな。アシュリーはぽつりと呟いて、静かに部屋を後にした。
ヘッドドレスが転んだくしゃくしゃの髪。元々何色だったのか判らないボロボロのドレス。
アシュリーはぽつぽつと歩いた。
服を風呂を馬車を、と申し出る使用人達を断って、屋敷も後にする。
そういう気分にはとてもなれなかった。
屋敷をちょっと振り返って思う。
『…お母さんの…お弁当…』
『ああ…クラブサンドなら見たことある……』
『僕、母さんの料理って見たことすらないから』
そりゃあ見たことないだろうな。
お前の母親は、壊滅的に不器用だったのではなくて、そもそも家で料理をする必要がなかったんだろ?最初からそう言えよ…。
サンドリアの町をぽつぽつと歩いた。
『プライドなんて、負け犬が持つ物でしょ?…僕は完全に勝ち組だよ?あんな門番に無視されたくらいで何に負けを感じなきゃならないの?』
そりゃそうだろうな、生まれながらに勝ち組じゃないか。
南サンドリアの噴水の前で、アトルガンへ飛ばしてもらう。
あいつ、本当は、あんなに綺麗な上流階級の言葉で、喋るんだな。
『私』だなんて。何が『僕』だよ、それで悪ぶってるつもりなのか?
知らなかった。
何だか、別人みたいだ。
アシュリーは思っていた。
嫌な事は早く忘れてしまおう。
自分が素性もしれない傭兵の他種族の女だなんて、事実じゃないか。
アシュリーは家路まで、やはりぽつぽつと歩いていた。
自分の明日が、こんなにも思い浮かべられないなんて、初めてだ。
私も、あんな上品な言葉を遣うのか?
まさか。
想像すらできない。
「早く、家で風呂に入りたい…」
綺麗さっぱり血反吐を洗い流してから、子供達を一人一人抱きしめるのだ……。
「ママにゃ!おかえりなさい!」
「ただいま、チビ助。時雨の言う事、ちゃんと聞いてたか?」
「うん!…ママにゃ、きれい!」
家の玄関を開けた途端に出迎えたマリを抱き上げて、アシュリーは努めて誇らしげに言った。
「パパに着せてもらったんだ。…お前のパパはな、とても強くて、お金持ちで、それから、とても立派な地位のある方なのだぞ」
「にゃ~…?リッパ…?」
「…そうだよな。お前には難しいよな。偉いとか立派とか」
私にも、難しい。
アシュリーはため息をついた。
「……はて…それはメルヴィウス卿のことですかな?」
「……!!」
首筋に冷たいものを押し付けられて、アシュリーははっと背筋を凍らせる。
…つけられていたことに気がつかなかったとは不覚だった。
覆面の男が2人背後に立っていて、玄関の前には黒い気荒そうなチョコボが出発の時を今か今かと待っていた。片方がマリをアシュリーからとりあげる。
「一緒に来て頂きましょうか?アシュリエル・ハーデス殿」
マリの泣き叫ぶ声を聞きつけ、時雨が慌てて飛んでくる。
「動くな。シグレ・オオマエ。いくらお前と言えど、無為に女子供の血は見たくあるまい?」
「くっ………」
時雨は、刀にかけた手をカタリと揺らす。その切れ長の眼で揺れる局面を伺っていた。
「…刀を床に置いて下がりたまえ、オオマエ。…それともこの幼子の首が飛ぶのが見たいか?」
「俺も遣り口が汚いって定評だけど……あんたらも大概だな」
「ふん。それが我々の仕事だろうに、何を今更。……手を引けと言ってるのだ、何度も言わせるな。…同じ忍者なら引き際くらい知ってるだろ?」
ギリリと奥歯を噛み締める時雨に、下がれ!とアシュリーが、腕を縛りあげられながら言った。
「いいんだ、時雨。私なら大丈夫だ……ええい!どうせ私に用があるのだろう!?娘は関係ない!離せ!」
「いいえ?むしろ娘さんに用があるのですよ」
時雨は渋々と刀を床に置くと、ゆっくりと後退りした。
「…言う通りにしてやった。せめて、子供の方は置いていけ。それは汚いではなく、卑怯だ」
「ふ……。あのシグレ・オオマエも、こうなると、手も足ももがれた様なものだな……様がない……悪いがこれも仕事なんでね、悪く思わないでくれ」
男達はアシュリーとマリを担ぐと、ひらりチョコボに跨り、疾走していく。
「アシュリー!」
「時雨!…早く……早くこの事をシルバーに…!」