「おい、シル。今、アシュリーの声が聞こえた気がするんだが?」

「キノセイ」

お前には聞こえたんだな」

「全く、うちの使用人は何をしてるんだ!」

「シル、お前は本当に、使用人程度が彼女を止められると思ってか?」

……言われてみればそれもそうだ」

   シルバーは、はーあとため息をつく。

「アル、君は本当にうちにレディを連れてきたかい?」

「ああもちろんさ。ここに来た時には確かに、何処に出しても申し分ないレディだったさ」

「できれば僕もその姿が見たかったなぁ……」

   シルバーはぼやきながら、体をくるり回転させて、3匹突き倒す。

「何となくアシュリーの方から魔力の流れを感じる。魔法陣すぐ見つかるといいけど」

お前の『魔力の流れを感じる』は全くアテにならないけどな」

「僕には魔法の才能がないんだから仕方ないだろ」

   アリウスがくくっと喉で笑うのを、シルバーは苦虫を潰したような顔で睨んだ。

「彼女、家の備品をなるべく壊さないように暴れてくれたらいいんだけど…」

   僕らと違って彼女は容赦ってものを知らないんだぜ、とシルバーは付け加えた。



「急に蟹の魔物が現れたと思ったら、変な魔力の流れを感じるな。嫌な感じだ」

   アシュリーは廊下に飾られている鎧からフルーレを剥ぎ取り、魔物と対峙する。横ぶりに迫る蟹爪をひらり交わして懐に飛び込むと、ナイフの柄でその目玉を砕く。

「この屋敷に侵入者が居ると言ったところか」

   視界を失った蟹を踏み台に飛び上がると、さらに後ろの蟹にとびかかり、彼女のフルーレはひゅうと唸る。着地した時には、既に彼女の脚は次の蟹の目玉を捉えていた。

   長い廊下を抜け、魔力の流れを辿って階段裏へ。

「この魔法陣か」

   階段裏には近東式の魔法具で魔法陣が組まれていた。結界もあり触ることもかなわない。そこそこやっかいそうだとアシュリーは溜息を吐いた。

 彼女の瞳がにわか赤く染まる。

「私に、力を

『…全く、引っ込んでいろと言ったり出てこいと言ったり、勝手な奴だな』

「つべこべ言うな。この魔法陣を破壊しろ」

『ハイハイ』

   バウウウゥゥン!

   アシュリーを中心に突如衝撃波が発生した。

   彼女は、足元の魔法具を何事もないかのように蹴り上げると、右手で握り潰す。

『私が本気でやったら、屋敷ごと吹っ飛ぶかもしれんがな』

   アシュリーは、場にそぐわず口元を釣り上げて笑った。

『が。しかし』

   アシュリーが左手を上げると、パリパリと音を立てて電磁波が発生する。

   直後、炎を纏う巨大な石が空の中から生まれ出て、辺りごと紅蓮に染めた。

『人間は弱く脆い。この体は魔力で維持を続けているものだ。その魔力を開放すれば、そう長くはもたない』

「構わん!続けろ!」

醜いな。何故そうまでする?』

「醜くても、構わない。例え私がどんな姿になっても、あいつは必ず私を」


   迎えに来る。


   そう信じてる。


『愛か。解せんな。玉の輿に乗るんじゃなかったのか?』

「…こんな愚かな私だ。でもあいつは、黙って許すって迎えに行くって言うのだ。それを信じたい」

『ふぅん。愛とは重いな。この世で1番重い物は金属ではなく愛かもしれないな』

「ま…まだか…まだ破壊できないのか…?」

『ところで、姿も、中身も、全部壊れてしまっても、なお、愛は存在するのか?』

「今の私が……想い続け………………あああ」

『人間にそこまでさせる愛とは何だ?』

……想いだ。想い続ける限り……存在…………

『思念、か。成る程』

……あああああああっ」

やはり、解せん』

   返り血に染まる彼女のドレスはやがて、自らも炎に飲み込まれていく。血肉の焦げる臭いが漂う。

「こんな私でも……本当に迎えに……来てくれる……のかな……

   アシュリーはついに崩れ落ちるように両膝をついた。


   君は綺麗だよ。

   醜くなんかない。

   だから。


   アシュリーは閉じかけていた目を見開いた。

   ウォータが文字通り雨の様に降り注ぐ。誰かがアシュリーを突き飛ばす様に抱き抱えた。

「だから、もう、やめて。僕はもう二度と君がボロボロになってるの、見たくないんだよ」

   誰かの脇から見える彼女の視界の内に、両手剣を携えたナイトが残党を蹴散らしているのが見える。

約束通り、君を迎えにきました」

 出会ったあの日の、あの時と同じ様に、優しい香水の香りがした。

「僕の名前はミルドリアンMメルヴィウス。またの名を


   シルバーテイル。



その名はシルバーテイル



「あははボロボロ……何で僕ら、いつもこうなんだろうね……

   シルバーはもう立ち上がる力もすっかりなくなっていて、アシュリーを抱えたまま、焼け焦げた床の上に寝転がっていた。

どういう事だ……シルバー

「ホントはこんな予定じゃなかったんだよ?君に最上級のドレスを着せて、僕は最高のおもてなしで君を迎えるつもりだった」

  アシュリーの方は、何がなんだかさっぱり解らずに、言葉もなく、でもぴったりと彼に寄り添って、ただじっと彼の言葉を待っていた。

「こんなの、急にびっくりだよね。まずは僕の生い立ちを聞いてほしい。僕の本当の名前はミルドリアンMメルヴィウス。僕の母さんはオルジリアのミスラで、クリスタル大戦で北方戦線に参加していたの。その時、この家の先代、つまり僕の父さんに出会って、恋に落ちて、結婚した。終戦後は、母さんはこの家で暮らしたのだけど、南国生まれの母さんには寒いサンドリアの気候が合わなかったのか、戦争での傷のせいか、病気がちでね。僕が幼い頃に亡くなったんだ。先代は随分失意に暮れて衰弱してね、そのまま後を追う様に亡くなってしまった。……僕は、両親を失った挙句、家督争いに巻き込まれて、気がついたらバストゥークの地方の小さな炭鉱に居た。その時ついたあだ名が、シルバーテイルだったんだ。……炭鉱での生活も慣れたら楽しかったし、僕は仲間も生活も十分気に入っていたんだけど、僕にはどうしても会いたい人が居て……それで、冒険者になったんだ」

   シルバーはあの小さな古い指輪を取り出した。アシュリーの指はまるで細くて、小指にならはめてやれた。

「あの時、また会おうって約束したよね。この指輪を渡した君に、もう一度会いたかったんだ。結局僕は君を探し当てられなかったんだけどね。……でもホントは、ちゃんと……出会えてた」

   アシュリーは無言のまま、瞳を閉じて、鼻先をシルバーの胸に押し当てる。

「ねぇ、君はホントにこんな話、信じてくれる?」

   アシュリーは一度だけコクリと頷いた。

……なあ、お前。どうしてこんな回りくどい事したんだ?」

「そりゃあだって、君、僕の事全然信用してないから、話したって信じてくれる訳ないだろ?」

「それもそうだ」

「約束通り迎えに来たよ。君を愛してる。僕と…」

   シルバーは、アシュリーの髪の中に鼻を埋めて優しく撫で付けた。ブラックサンシャイン、返り血まみれのその髪は、ほのかにあの香油の香りがしていた。彼女の首筋に手を当て、シルバーははっと気がつく。今更の様に彼女の胸元を見た。

ちょっと待ってよ君って人は……

   彼は声を思わず潤ませていた。

……僕はちゃんとドレスに合わせて、もっと上等なネックレスを、君に贈ったろ…………何でこんな地味な方をつけてるんだよ………

   シルバーは顔を隠す様に頭をアシュリーの胸に押し付けた。彼女は改めて彼を抱き締めながらも、それを見兼ね、声を立てて苦笑している。

 「君を本当に信じてなかったのは、僕の方だね……」