今年は色々ありました( ;´Д`)
昨年12月から当時の担当療法士の出勤日数が減り。
多分親御さんの介護かなーって思いつつ、装具作製には入ってもらい…まだまだ時間かかりそう…と思っていた2月。
“4月から非常勤になるので担当変わります、新しく入るボクと年数一緒の方にやってもらいます”と勝手に振り分けられ、私の希望をどんなに伝えても“キャパオーバーで無理”って聞いてもらえず…。
教育した人が見えなくて、どんな教育受けてるか分からないから怖い、って言ったのに。
ただ、2〜3ヶ月やっても信用できる材料が見つからない。
担当変更したい、ってずっと伝えていたのに変更出来る気配はなく(年末時点でもその気配がない…悲しいヽ(;▽;)ノ)
この頃は、“いつになったら担当変更の希望聞いてもらえるかな…”って待ってたけど…無理そう。
年数一緒なら大丈夫だって療法士ちゃんも思ってるし。
ホントに大丈夫なら、2〜3ヶ月で認めてる。
大丈夫じゃないから言っていたのに…。
(心の声、ダダ漏れ( ;´Д`))
学校が違えば教員も違う、ということは、“年数一緒なら何でも一緒”はなくて…。
結局、メンタルいつ潰れるか分からない状態に陥って…歩行状態もおかしい、って言われる事態に。
これが8月の話。
私1人で頑張らなきゃいけないなんて…そんなの無理。
どんな人なのか見極めることも必要だし、技術だけで大丈夫とは言えないし、経験年数だけで大丈夫とも言えないし。
まずは“環境に慣れてもらうこと”を最優先で考えて、無理をさせずに進んでみよう、が初期段階。
(この時期に患者さん救助があり、療法士ちゃんに“ここの年数は療法士ちゃんのが上だから任せていい?”と丸投げ)
3ヶ月くらいで初期段階抜けようとしたけど無理過ぎて、延長。
(療法士ちゃんのサポート入るようになったのが8月頃だったのでそこから、リ・スタート)
結局のところ、“大丈夫”って思えるようになるまでに半年かかった( ;´Д`)
疲れた(;´д`)
やっと“大丈夫”って言えるようになったよ…( ;´Д`)
年数一緒でも経験値が違えば、持ってる技術も当然ながら、違う。
現在の担当療法士は論文書いてるくらいの人なので、侮れないな、と感じていて。
装具作製は、とりあえず3月で一旦完成、ということで前任者も離任が決定してたのでそこからは“調整”ということになって。
それが年末になってもしっくり来ない( ̄▽ ̄;)
途中で担当変更しちゃって、言うことがガラリと変わり、再作製も出来ない中でどうしようもなくなって(支柱装具のため、3年は新規作製が出来ない)。
色々なクッションとか追加してみるんだけど、まだまだで。
何が原因でこんなことになっているのかさっぱり分からない。
前任者離任がもっと早く分かっていたら一旦停止出来ていたかもしれないのに…。
慌てて完成させる必要もなかったのでは…。
そんなことを思いながら、今もまだ調整継続中。
慌てて完成させてしまった装具。
しっくり来るはずもないよね…。
途中で担当変更なんてしたらおかしなことになるのは当然だけど。
(言ってることが人によって変わるのはよくある話)
3年かかるかな…その間に古い装具が入らなくなりそう。
担当変更から半年後。
やっと。
私の受け入れ態勢が整った感じ。
担当療法士じゃないと出来ないことが出て来たのも要因ではあって。
“この人じゃないと出来ない”があってはいけないのだけど。
それを療法士ちゃんに理解してもらうまでに時間がかかる…。
年末に担当療法士に無茶振りして急遽入ってもらい、それを療法士ちゃんにも一緒に見てもらって。
そこでやっと分かってもらえて、“練習してできるようにしますね”との言葉を勝ち取る。
(ここまで来るのに半年!?時間かかり過ぎ…かけ過ぎた)
それでもやっぱりこれは私に欠かせない手技となり…。
最後に。
なんで担当変更で患者さんの希望聞いてくれなかったの!?という思いがまだ残ってて。
“やってくれたら誰でもいい”という人もいる中で、“自分で選択したい”人もいる訳で。
業界問題もありそうだけど、“大丈夫”って言える、思える人に出会えて来なかったのもあるのかな。
療法士クンで受けられていれば、“安全管理”は大丈夫、って何も心配しないでいられたんだろうな、と…。
私がこれまでに見て来た療法士像、はどこにでもあるようで。
(どこでもある話、で済ませちゃいけないこと…ホントは)
こんな感じで過ぎた今年1年。
さて…来年はどうなるかな。
来年もよろしくお願いいたします。