あけましておめでとうございます
と、もう一度言いたくなるくらい、ゆっくりと休ませていただきました。
インフルエンザにかかりまして、休んでおりました。あ、ブログはその前から、新年早々すぐに失速してたんですけど
1週間も会社を休んで明日からまたお仕事なんですが、思ったより「罪悪感」を感じてなくて、良い感じです。
なんでしょう、「休む」ことに対する「罪悪感」
何様のつもりなんだって、書きながら思うんだけど
定休が週一日という今の仕事になってから、余計に謎の罪悪感が強くなってて。
この正月休みに(ホントの正月休み、ね)久しぶりに夫に会ったら、相変わらず忙しそうで、休みもなく、終電とか関係なく、挙げ句にホテルに荷物だけ泊まって本人はデスクで寝る、とか
人間の生活じゃないよなー、それ。
っていう姿を見て、やっぱり「物理的に見えない」生活を選んで正解だったなー
って思ったよね。夫には申し訳ないけど。
好き好んで人間じゃない生活してる訳ではないとは思うけど、見ているほうも、だんだんと「じゃない」方向に行ってしまいそうで。
だけど、当たり前の休みをとることに遠慮がちな私の生活が「人間らしい」生活なのかと言えば、それはNoだよな。
なんてことを思ってたすぐのタイミングでのインフルエンザ。
医師からの「5日間は休んでください」のことばにすぐさま◯日まで休んで◯日には出社します!
と連絡をいれる素直な私。
いやいや、5日後の体調が実際どうかわからないし、解熱後5日って聞いたこともあるし。
そもそも、発病した日はもともと用事があり、半休とってたのに、それどころじゃなくなったので、当初の用事を済ませたい。そのためには休みが必要なわけで…。
で、1日多めに休んで、無事に用事も済ませてきたのです。
悪いことをしてるわけではない
当然の権利として休んでいる
とわかってても、遠慮したり罪悪感をかんじてたのが、
必要なときに、必要なだけ休む
ってことは
人間らしい生活 だよなー
と、よりはっきりと感じとれたからこそ
今、罪悪感なくいられるんだろう。
神の采配って、つまりはこういうことなのかな