先日、突然の訃報が入りました。

 

近所に住む、夫の叔母さんでした。

 

 

自分たちの別居騒動後に、これまでに積りに積もった家庭の話しを聞いてもらいにお邪魔していました。

三年近く前だったと思います。

 

とはいっても、結局訪れたのは二回程だったと記憶しています。

 

 

 

 

これまでの家庭での出来事半分、いろんなことに目覚めて解放感が大きく、自身の閉ざされていた経験から、世間の女性たちに向けた活動をしたいと、その展望を熱く話してたように思います。

 

 

これまでの自分と全く違い、その頃から、まとめ役のポジションに立ち始めていました。

 

 

 

女性たちの中には、叔母さんと同年代の方も複数いらっしゃって、皆さん熱い思いを語ってらっしゃいました。

その話を聞いた叔母さんは「いいねぇ。そういうの」とは言うもののどこか他人事で。

 

 

 

ずっと家のことばかりされてて専業主婦、週に一回お稽古事に行かれていました。

お子さんたちは既に家庭を持たれていて。おうちは綺麗に整頓されていました。

 

 

とてもいい人でした。ただ何が好きなのかな、何がしたいのかなというのは見えてきませんでした。

 

内心、叔母さんも一緒にお話ししたら、自分の何かが感化されるのではないかなとおこがましくも思っていました。

 

 

 

 

先日もおうちの前を通ったところで、ふと思い出し。結局でも寄らなかった。

 

いつでも話しに来てと言われてましたが、話すことはとっくになくなってしまってて。

 

 

 

お通夜だけ参列しましたが、いつも楽天家で陽気な叔父さんが、最後のご挨拶で「自分より5歳も若いから安心してた。自分が看取ってもらう気でいた。まさか自分より先に逝ってしまうなんて。家のことは全て任せてきた。だから自分は何も出来ない。きっとバチが当たったんでしょう」と涙ぐんでいました。

 

 

叔父さんに会うのも久しぶりでした。

幼少期からの夫のことを知ってる叔父さんです。別居に至る際も「離婚したところで、あいつ(夫)は慰謝料も払えんわなぁ」とあっけらかんと笑ってわたしの味方をしてくれてました。

 

 

帰り際に顔を合わせた際に、最期の様子をお話ししてくれて。

期間も短く、とても辛い状況だったようです。

わたしは目を見て、ただ頷くことしか出来なかったです。

 

 

改めて思うと。

義母(夫の母)も突然亡くなり、今回叔母さんも亡くなり、わたしの母は殆ど歩けない状態になり。わたしは別居で夫と離れ。

 

 

 

女性は皆、自分はさておき人の世話だけしてきた人たちなんですよね。。。

わたしも典型で、別居したにもかかわらず、その後も長い間、義父と夫のご飯を届けていました。

 

 

男性の方は皆、自分たちで自分の身の回りのことをやるしかなくなった状況なんです。

 

 

一人だけ例外で、わたしの叔父さん(父の弟)は、云十年介護の後、奥様(叔母さん)が亡くなりました。早いうちから叔母さんが歩けなくなってしまったので、家事を全てやりながら長い間お世話していました。上記と反対のパターンではありますが。

 

 

思い出すと母方の祖父、伯父さんも奥様が先のパターンでした。。。

 

 

とりとめなくなってきましたが、男性が諸々に気付く、女性は女性で自己犠牲しない、自分を生きる、というフェーズに入ってきたように思います。これまでの男性はこうあるべき、女性はこう、という従来の価値観がいよいよ崩壊、男性性から女性性の時代への切り替わりです。

 

 

崩壊、というように、人間目線からしたら辛い出来事も増えてくるのかもしれません。

 

 

でもそれはある意味、だから人間目線から離れてアセンションするんだよ、目覚めるんだよと言ってるようにも思えます。