前回の記事は朝わーって降りて??きたので一気に書いてしまったんですけど。

 

 

書き終わってすぐに、気付いたことがありました。

 

 

 

 

このブログを始めた時はですね、自分はツインレイか分からない、彼がツインレイなのかどうか分からないってウダウダ書いてたと思うんですけどね、なんかそれもひっくるめてもう彼はツインレイだ!って信じた、信じてる、って感覚の自分がいてですね。

 

 

 

じゃないと書けないもの、あんな記事。

 

 

 

 

これもプロセスの一部な気がしています。

 

 

 

 

幾ら誰かにツインレイと言われたところで。

違うのならば、心のどこかで魂レベルでは気付いているわけですよ。

 

 

 

でも当然その反対もあってですね。

幾ら違うと言われても、そこに違和感があり、何度も何度もそのお相手にいきついてしまうのならば。

 

 

というより!そんな過程も全てひっくるめて、もう何にもなくてもただ信じる。信じることが出来る。

 

 

その感覚なんだと思います。ツインレイ道。

 

 

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この違いについて、一つ言えるとすると、ツインレイ道を歩むと余計なものが削ぎ落とされていくんですね。三次元レベルで嫌なことも起きます。

 

 

 

ゴテゴテ着飾ってた要らないものをどんどん脱いでいく。むしろ脱がないと進めない。

当然痛みもあります。それらの経験を積んで純度を上げていくんですね。

 

 

 

それが次第に目覚めに繋がる。

 

 

 

そしてね、それらの経験により色々と感知する能力も上がってくるんですよ。

 

純なエネルギーが分かってくるようになる。

 

 

 

そうしていくと、いよいよ自分でツインレイかどうか分かるのだと思います。

 

 

当然、そこまで純度を上げていれば、お相手が実はツインレイではなかった、ということも見抜けると思います。

 

 

そして、それはとてもとても胸が痛いことかもしれません。

 

 

でもそこまで目覚めていたのなら、それも経験として必要だったのだと受け止めることが出来る。

 

 

それだけ器は広がっていると思います。

 

 

 

とにかく自分に正直に。誤魔化さない。

 

 

どんな違和感も大事にする。

 

 

 

 

それがツインレイ道。

 

わたしのね。