お仏壇屋さん、すみません。


仏壇の仕入れ価格は


プライスダウンしていない店頭価格の


10分の1程度ということです。


だから、半額セールとかよくやっているんだw


知らぬが仏とはこのことです。


昔は儲かって仕方なかったでしょうね。




都会ではすごい人数の人たちと一日に会うが・・・・


本当の意味で、出会う人はかなり、少ないです。


自分の目が何も見えなくなっているのか?


頭が、その他大勢として認識しているのか?


その、見えなくしている何かをかいくぐって、


心に残る人と出会って、何らかの関係をもつことが


結構、奇跡的なことですよね。


日々の生活で当たり前の出会いや事柄がすべて、


奇跡的な確率で起きていることかも・・・・


ふと、思ったことでした。


こう、考えると一日が愛しく思えます

ここ、十年ほどで供養に関する考え方が激変しております。


遺灰を海に撒いたり、樹木葬にしたりと色々です、


つい、今日も僕の亡くなった父の仏壇を買うということで


和歌山にいる母が電話をかけてきました。


だいたい、いくらまででと決めていましたが、


やはり、仏壇屋へいくと 


ンキラキンなものを薦められたみたいです。


当初から、僕の実家は裕福でないため、


質素なものにしようと話していました。


お金が余っているのならともかく、ないのなら、


無理をしなくていいと思います。


言い方が悪いですが、 


亡くなった人間をきらびやかに着飾らせても、


死んだ人間が喜ぶとは思えません。


こういうと、非人間的な、


親不孝な発言に捉えられるかもしれませんが・・・


僕は、仏壇などに大金をはたくのなら、


お金は、


この世界でがんばって生きている母親が


使うほうが良いと考えているのです。


そうする方が、オヤジも喜ぶと思います。


供養というのは、感情的なもので、


残されたものがどのように故人との関係を納得させるかであって、


お金を出したから、


着飾らせたから それでいいというものではないと思います。



どう、思いますか?

横浜市の健康福祉局に墓地についてのヒアリングに行きました。
平成14年10月に横浜市が行った「墓地に関する市民意識調査」に基づき平成14年から平成33年までの墓地必要数を85,245区画と算出したそうです。

この「墓地に関する市民意識調査」のアンケートは5,000枚の配布に対して、1,571枚(31.4%)の回収というお粗末なものでした。しかし、担当者は、一般論として1,000以上のサンプルがあると統計学的上OKとのことらしい・・・

さらに、墓地の取得を希望しているのが18%の286人(どちらともいえないを含めると37%の683人)で、その中で遺骨があるので墓地が欲しいと答えた人は5%の15人(80%の230人が将来のために欲しい)だったようです。死亡率や定住率などさまざまな係数をかけて墓地必要数を算出したようですが、無作為に抽出したとはいえ、実際に遺骨があるので墓地が欲しい人が1人増えたり、減ったりしただけでも、必要数が大幅に変わってしまうことが推測されます。


抜粋記事 http://yokohama.kgnet.gr.jp/back/item/all/1180370292.html



この統計で、年齢層を把握できないことが残念です。


現在、すでにもう江戸時代からの檀家制度のしがらみが


薄れているため、上記のような回答結果になることは


いたって自然なことはだと思います。

ダウン               ダウン

檀家制度についてhttp://ameblo.jp/greenpieace/entry-10340125320.html

キリスト教には供養の考え方はないみたいです


たしかに、


キリスト教徒のお墓参りとか聞いたことがないです。


もともと、仏教徒で墓を持ってて、


キリスト教信者に変わった場合、


2つの形式が入り混じることになります。


たしかに、そうやっていろんなものが混ざっていくこと、


そのものが、日本の文化なのかもしれません。


(≡^∇^≡)

上善は水の如し。

水は善く万物を利してしかも争わず。

衆人の憎む処におる。 故に道にちかし。

居るには地を善しとし、

心には深きを善しとし、 

友にするには仁なるを善しとし、

言に信ありを善しとし、

事には能あるを善しとし、

動くには時なるを善しとす。

それ唯、争わず、故に咎なし。


タオはシブイですぅ  ( ̄ー ̄)