以前、とあるお方へ
愛について問うたことがある。
彼は、
「愛とは私たちが一般に考えるようなものではないのかもしれない」
そう言った。
今、その意味を少しずつ理解しつつある。
以前のわたしなら、
思いやりがあって、人情深くて、優しくて、決して怒らないような人、
「人格者」であり「慈悲深い人」
そんな人が愛のある人、 と思って目指していたかもしれない。
けれど日常で生きている中で、
誰が、どこまで
この絵に描いたような聖人に
本当の意味で「成る」ことができただろう?
今、想うのは、やっぱり愛=I。
どこまで本当の自分で在れるのか?ということ。
結果、まだ見ぬ「本当のわたし」というものが
成りたい先は同じであっても
思っていることと、言っていることと、やっていることが違ってくれば
本当の意味で、そのように「成る」ことなど不可能であるし、
むしろその枠の中で苦しむ羽目になる。
善意を振りかざして、内心、恨んでなどいないだろうか?
良かれと思い行動しながら、體(からだ)は痛みを感じていないだろうか?
辞めたいのに、辞められずにいる行動はないだろうか?
本当は嫌なのに、笑って流してなどいないだろうか?
その全てに、本当の自分に戻るサインが眠っている。
自己内観を通じてわかったことは、
愛とは、Iとは、『わたし』とは、
體と意識
感情・感覚と認識・思考
愛と真実
この神聖なる2軸を無条件の愛の視点で見ることによってのみ
わかってくる、ということだ。
女性原理と男性原理、と言ってもいいかもしれない。
そこに、二つなるものを一つにする科学が存在する。
それが、真理だ。
ただ、嬉しい、楽しい、だけを求め続けるのではない。
自分を誤魔化して生きるのでもない。
苦しい、いやだ、そんなものを見ないようにするのでもない。
苦しみも、悲しみも、喜びも、楽しさも、
全てわかってあげて
理想も信念も善意も悪意も
全部わかってあげて
そうやって一つになれる。
人生の何一つ無駄ではなく
その全てが一つになった時に
自分自身が
あぁ、本当に愛だったんだ、
ということに氣づいていくのです。
そこに、何一つ嘘偽りのなかったことに
淸々しいまでの開放感と
宇宙と自分自身に対する信頼と感謝を
ゆっくりと、着実に取り戻していくことになります。
どうぞ、今苦しみの中にいる方にとって
何か一つでもあなたに光明をもたらすものがありますように。
本来のあなたが開花する日を待ちわびて。
★カウンセリング再開しています。
氣になった方は、お気軽にメッセージを。

