相変わらずのイラク戦争、憎しみを増すチェチェン紛争、もういいよとチャンネルを変えたくなる。元に戻ることなどないかもしれないのにその内解決するさと投げやりになっている自分は第三者だから。優しくないのかな、そう自問自答していた。

78年の初来日時、エルビス・コステロは学ラン姿でトラックの荷台に乗り、銀座で自らのアルバムを配りゲリラ演奏もした。
「フリスビーみたいに投げたんだ。当時の日本ではトラックで音楽を大音量でかけながら走るって習慣?がなかったし、街宣車かと間違えられてね」
定かな記憶ではないが運転手或いはコステロ本人が逮捕されている。

コステロは政治的メッセージの非常に強いアーチストでデビュー当時はパンクロッカーという位置づけをされていた。自らの怒りを詩に乗せ、腐敗した政治を糾弾した。相棒であるニック・ロウ作の「(WHAT'S SO FUNNY 'BOUT)PEACE, LOVE AND UNDERSTANDING?」を荒々しく演る彼の姿、これこそがエルビス・コステロなのだ。

ところがである、数年前のインタビューで彼は「音楽で世界は変えられない」と発言したのだ。困惑した、日和ったかコステロよと。
発言以降のアルバムはそれまでの攻撃的なビートが影を潜め、ジャージーなラヴソングへと変貌する。ストリングスを用い大袈裟なまでに歌い上げる彼が信じられなくなった。

Curtis Mayfieldのアルバムを聴いていたとき、ふとコステロのことが頭に浮かんだ。そうか、これかもしれない。
童話『北風と太陽』に例えるならば今までの攻撃的な彼は北風で、今現在のジャズボーカルとも取れる路線は太陽なのではないかと。音楽で世界は変えられなくとも愛を語りかけることで個人の意識は変えられるのではないか。草の根ともいえる行為だが次の段階へとシフトしたのだと。
どんな音に変貌しようともコステロはコステロなのだ。

コステロのアルバムを聴いた後、TVではいつものようにイラク関連の映像が流れていた。「愛だよな」ボソッと呟いてみた。
相変わらずのイラク戦争、憎しみを増すチェチェン紛争、もういいよとチャンネルを変えたくなる。元に戻ることなどないかもしれないのにその内解決するさと投げやりになっている自分は第三者だから。優しくないのかな、そう自問自答していた。

78年の初来日時、エルビス・コステロは学ラン姿でトラックの荷台に乗り、銀座で自らのアルバムを配りゲリラ演奏もした。
「フリスビーみたいに投げたんだ。当時の日本ではトラックで音楽を大音量でかけながら走るって習慣?がなかったし、街宣車かと間違えられてね」
定かな記憶ではないが運転手或いはコステロ本人が逮捕されている。

コステロは政治的メッセージの非常に強いアーチストでデビュー当時はパンクロッカーという位置づけをされていた。自らの怒りを詩に乗せ、腐敗した政治を糾弾した。相棒であるニック・ロウ作の「(WHAT'S SO FUNNY 'BOUT)PEACE, LOVE AND UNDERSTANDING?」を荒々しく演る彼の姿、これこそがエルビス・コステロなのだ。

ところがである、数年前のインタビューで彼は「音楽で世界は変えられない」と発言したのだ。困惑した、日和ったかコステロよと。
発言以降のアルバムはそれまでの攻撃的なビートが影を潜め、ジャージーなラヴソングへと変貌する。ストリングスを用い大袈裟なまでに歌い上げる彼が信じられなくなった。

Curtis Mayfieldのアルバムを聴いていたとき、ふとコステロのことが頭に浮かんだ。そうか、これかもしれない。
童話『北風と太陽』に例えるならば今までの攻撃的な彼は北風で、今現在のジャズボーカルとも取れる路線は太陽なのではないかと。音楽で世界は変えられなくとも愛を語りかけることで個人の意識は変えられるのではないか。草の根ともいえる行為だが次の段階へとシフトしたのだと。
どんな音に変貌しようともコステロはコステロなのだ。

コステロのアルバムを聴いた後、TVではいつものようにイラク関連の映像が流れていた。「愛だよな」ボソッと呟いてみた。