GW最終日、図書館でたまたま目に付いた本。

 

 

 438ページもある分厚い本で「ムリ、ムリ」と思ったのに、気づけば2時間ほど、その場で

ページをめくっていた。

 

 遡ること2月、『Canta!Timor』カンタ!ティモール(=うたえ!ティモール)という映画の

上映会があった。東ティモールの独立に向けた

闘いを取り上げたドキュメンタリー長編。

 

 

 大西つねきさんが、「今こそ日本人が見るべき映画」と推していたこともあって、東ティモールという国になにがあったのか?という前知識も何もないまま、上映会に参加したのだった。

 

 映画は66か所で同時上映され、監督の広田奈津子さんとつねきさんの対談のあと各地でシェア会(感想やアイデアのシェア)をするという構成になっていた。

 『東ティモール』という国の名前が、自分の中で印象に残った一日だった。

 

 話を本に戻すと…


 『東ティモール~独立後の暮らしと社会の現場から~』は4部構成になっていて、複数人の執筆者が、歴史・文化・政治・経済などさまざまな視点で東ティモールという国の紹介を試みている。

 

 先に述べたとおり、438頁もあるので全部は読み切れていないけど...

    とても共感するくだりがあったので、記録として書いておきたいと思う。

 

 第10章 

 国づくりと人づくり

 エゴ・レモスの挑戦 (執筆者:阿部健一)

 

 ("エゴ・レモス"という東ティモールの国民的歌手であり活動家を評して)


 政府や行政、ときには国際的な援助機関の活動に関して、厳しい意見を

持っているが、決してそれを前面に出すことはない。辛辣な批判は極力抑えて、穏やかに「困ったものだ」とつぶやいて、黙々と自ら正しいと思うことを実践する。怒りを腹の中におさめるのも得意技だ。

 

 たとえば国際機関や各国の援助団体があちこちで簡易水道を作っている。悪いことではない。子供たちは朝夕、遠く離れた泉まで出かけてポリタンクに水を汲んで家に戻る。その姿を見かけたら、何とかしたいと誰でも思うだろう。彼らの報告書には、設置した簡易水道の数とそれにかかった費用が誇らしげに示されている。

 

 ただ壊れたら「専門家」でないと補修できないような水道施設をいくらつくっても、根本的な解決にならない。それに水源が枯れてしまったら、効果で立派な水道施設も無用の長物となる。善意が上滑りしないためには、東ティモールの自然と人々、そしてその生活について深い理解が必要だ。

 

 (中略)

 

 依存することは決して悪いことではない。人間は誰もが人に頼っている。何かを誰かに依存して生きている。自分は違う、自分は自立している、というのは思い上がりで周りが見えていない。

 ただ最初から誰かに依存しようとするのではだめだ。まず自分の可能性を信じて自分でやってみること。そのうえで、自分だけでできないとわかれば、誰かに助けてもらえればいいし、誰かと一緒にやればいい。

 

 自分たちの可能性を信じてまず自分でやってみること。このエゴの考えは

アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチに通じるところがある。

自分たちにとって本当に価値のある生活は何かを問い、自分たちの未来可能性に気づき、自然や社会と関わりながら、自分たちの生活を良くしようと自分たちの手で試みてみることができることである。

 

 それは、言い換えれば、主権を重視するということである。

 

 水も食料も生きていくためには欠かせない。だから国は食料や水の安全保障を最優先課題とする。しかしエゴは「安全保障」よりも「主権」のほうが大事だという。

食料も水も自分たちにとって大切なもの。だからこそ安定して供給できるシステムを築かなければならない。それが食料の主権、水の主権である。国民投票でインドネシアの一部であることよりも独立を選択した人たちにできないはずがない。そこで安全保障ではなく主権を選択したのだから。

 

「だから国は食料や水の安全保障を

  最優先課題とする」・・日本は??

「安定して供給できるシステムを築かな

 ければならない」・・主権手放してない??

 

 つねきさんがこの映画を薦めていたのは、

平和へのメッセージというより

 ほんとうの意味での「自主独立」という

ことだったのか!


 違っていたらゴメンなさい…

 でも、自分なりに結論らしきものに

辿り着き、自習時間が終わったような気分。


 さて、本を返却しに行ってきます。