第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住


野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医


川島九郎 劇団「ふたご座」の座長
門前ルイ 劇団「ノワール」の座長

白崎泰造 カメラマン 

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。

13

 自宅の風呂の湯船につかりながら、熊楠は大根窃盗団の正体について考えをめぐらせていた。書斎の文献を漁ったり、googleで調べたが、山人についての信憑性はますます、薄れてゆくのであった。
 江戸時代の記録に、山人に会った寅吉という少年の記録が残っている。寅吉は山人の頭目にあったことがあるらしい。その山人というのは、天狗のことを指しているので、柳公(柳田)のいう意味とは違うな。平田篤胤が記録を残しているらしいが、詳しくはわからないけどね。
 まあ、いずれにしても、山人が大根の窃盗犯だとは思えない。柳公のやつめ、余計な情報を流すから、怖くて山に入れんじゃないか。勝と熊のやつは、東京へいってしまったし、今週は粘菌や陰植物の採集は休みやな。随筆でも書いといて、原稿料をかせいどかな、探偵雇ったせいで金がないし、芸者遊びもでけへんよ。常楠に仕送り頼まにゃな。常楠とこは、家を増築したそうだから、酒を売ってもうけとるんだろう。兄をさしおいて、儲けを独り占めしよって。と根拠のない言いがかりをつけた。
 大根をそないに盗んで何するのかがわからんな。いずれにせよ、探偵にまかせるしかないなぁ。ほんとに、山人のしわざだったら、どうするかなぁ...背中にちょっと寒気がしたので、お梅に風呂をもっと熱くするように頼んだ。



 宿の部屋で、スケッチブックを広げ、北公の撮った写真をノートパソコンの画面で並べ、甘夏みかんを食べながら、野次はひとり推理を巡らせていた。
 
 北公は酒を飲みに出かけていった。たぶん、宿へ帰る途中で見つけたスナックにいったのだろう。カラオケで矢沢栄吉の曲を歌うのだ。白いスーツを着て、髪型をポマードで整えて、赤いスカーフを首にたらして出かけていった。どおりで荷物が多いと思っていたら、旅先でも、いつもと同じことをしないとすまないようだ。ヨロシクと言い残し、北公は、「共犯者」を口づさみながら去っていった。
 
 大根畑から抜かれた穴の痕跡は、斜面の上をちょうど、三角形に形づくられていた。パスカルの三角形のように、一段めが一本、二段めが二本、三段めが三本というように、列の数と抜いた本数が対応しているのだ。なるほど、数理的原理なのか。つまり、和を累積してゆくと、二段までで三本、三段までで六本というようになる。そして十段まで抜き取れば、総和は五十五本ということになる。
 何のために、そんな抜き方をとったのだろう。一見、散乱した大根の葉だけみれば、でたらめに抜き取ったように思えるが、実は、パスカル的な数理的な、つまり、秩序だったやり方にしたがっていたわけだ。正確に本数を数えるためなのか。いちいちかぞえなくても、三角形にしたがって、抜き取る段数が何段目かわかれば、その段数に対応した数だけぬきとればよいわけか。
 とすると、大根の本数が揃っていること、また、抜き取った本数をいちいち足し算しなくても、段数ごとに抜き取る本数を間違えなければよいこと。こうしたことから、大根を持ち去るのに、なにか本数、つまり、重量が問題になっていることになる。何を使って運んだのだろう。大根五十五本を載せるには、大八車か荷馬車だろう。それとも、役の小角のような奇抜な方法があるのか。張り渡したロープに大きなざるをつるして、大根を載せるとか、巨大凧で運ぶとか?
 いずれにせよ、運搬手段についても調べる必要がある。

 いつの間にか寝ていたようで、スケッチブックの上によだれの染みがついていた。推理が行き詰まり、ビールを一本あけているうちに眠り込んだようだ。
 北公の姿がないことにようやく気づき、どうしたのか、気になった。携帯電話にかけてみたが、出てこない。悪態をつきながら、野次は空腹なので、宿のおかみに朝食を頼んだ。連れは夕べ帰ってきたかときくと、帰ってないようだ。
 窓の外には、山々の峰が見え、よい天気だった。
 北公のやつ、仕事をしないつもりか。夕べはスナックで知り合った女とどこかへ一泊したのだろうか。
 すずめのさえずりだけが聞こえてくるほど、しずかな宿の朝だった。
 

14

 池袋にある森の近くに、常設テントがあり、劇団「ふたご座」の団員達が発生練習をしていた。柳田は、田山先輩から紹介された、劇団の座長である川島と、テントの裏にある劇団員の宿舎の近くのテーブルで話していた。
「ちょっとした実験なんですよ。われわれ、日本人の祖先は、山で暮らしていたことを、この明治の世でも試してみるというこういう企画です。もちろん、参加いただければ、謝礼のほうも---」
川島は、柳田の説明に対し、はあはあ、と分かっているのだか分かってないのだが、よく分かりにくい様子で、あまり興味もなさそうだった。
 いずれにせよ、雑用の男達三人ほどに、参加してもらうということで、話がついた。

 佐々木君の知り合いの劇団「ノワール」の座長、門前は、女性だった。ハーフのような顔立ちをして、とっつきにくい印象の女座長は、柳田の説明を聞いて、かなり興味を示した。
「日本の祖先は、山に住んでいたのですか」
「そうです、そうです。米作以前の、猟を中心とした時代があったのですよ」
「そうした生活を再現する、ということなんですか」
「ただね、これから夏に入るわけだけれど、万一食料が手に入らない場合の為に、食料は別途用意しておくとか、準備はしておきます」
「そうした生活風景をフィルムにとるわけですか」
「そうです、そうです、学会に発表するためにね」
門前は、女性も必要なのではと、眼を輝かせながら訪ねたが、柳田は、今回は男性だけで十分だと答えた。男女を山に住まわせると、とかく、いろいろ問題がありそうだからだ。しかし、門前には、女性が参加するバージョンは、また、別途予定しているので、今回は男性だけのバージョンにするつもりだと、やんわりと受け流した。
 田山先輩ではあるまいし、男女が一緒にいたら、単なるAVになってしまうではないか。山にいたら、猟をしたり、山芋とりとか、食料調達以外は、性生活しかないのだから。AVとの境界線がぼやけてしまうよ、まったく。内心の懸念を隠し、外面の良さを発揮して、劇団「ノワール」からは、二人に参加してもらうことなった。
 門前は見学したいと言ったので、それはかまわないと告げた。

 田山先輩の紹介で、柳田は、白崎という、ひとりの壮年のカメラマンに会った。浅草の裏手にある千束、赤線地帯の一角にある二階家に、そのカメラマンがいた。湿っぽい座布団をだされ、ぬるいお茶でもてなされた。
「田山君の紹介かい。、おいら最近は、赤線の女達の裸ばっかり撮ったり、あとはAVばっかりだね。安いんだAVの一日の時給がね。いいよいいよ、その話からすれば、二泊三日?のロケね。AVでもそんな長いのは最近ないね、あんまし。だいたい、一日くらいで終わりだね。有名女優だって、二日くらいで撮っちゃうしね。いまどき、めずらしいね、山でまじめにロケすんのは。え?ゲイものじゃないの。ああ、違うのね。そもそも、何、野生の生活?ああ、昔の人間の?ええ、昔ってどんぐらい昔の。ああ、縄文とかそんな昔のこと。へえ、そんなのどうやってわかったわけ。ええ、そう、はあ、想像力を使って。はあ、でも大丈夫かね。え?いや、ほら、某テレビ局でさ、あれよ、ほら、ヤラセ番組作ちゃてさ、問題になっちゃたりしてるじゃない。ああいうのとは違うのね。だいじょうぶ。ふーん、でも問題なってもさ、おいら無名だし、問題なっても、ここなら仕事いくらもあるから、大丈夫だよ、ヤラセでも。うん、そう、でも違うのね。ところで、おたくさん何屋さん?
ああ、官のヒト、そりゃ固いわ。うん、官の仕事なんて初めてだね...」

 柳田は自宅に戻ると、MacBookを起動し、脚本のプロットを書き始めるのだった。


(つづく)