グレングールドの「ゴールドベルク変奏曲(バッハ)」
を聴きながら、このブログを書いている。
この曲は、映画「羊たちの沈黙」で
レクター博士が監視付きの檻?の中で
聴いているシーンがある。
また「地球が静止する日」にもこの曲が流れ
地球が救われるというシーンがある。
まあ、音楽というものは、映画のシーンに結びつく
ことが多い。
そして、われらがAKB48のPVも音楽と映像が統合された
ひとつの芸術ではないかとさえ、近頃思うのだ。
とはいいながら、今日は、乃木坂46、NMB48、SKE48、そして
AKB48の最新PVを観たので、順に書いてみる。
乃木坂46の「制服のマネキン」のPVが公開されたので早速観てみた。
(CDとDVDは来月下旬に発売予定なので待ち遠しいが)
このPVを観て、少し衝撃的だった。
というのも、いままでの乃木坂46のコンセプトというのか
殻を破り、次の段階がやって来たのかもしれないと感じたからだ。
(なんとなく、AKB48の初期の「スカートひらり」を連想してしまったが)
曲調がハイテンポで、「走れ!Bicycle」など今までの3曲とは
違っているような印象がある。
ダンスも今までの色調とは異なるようだ。
センターは、生駒、星野、生田の三人なのは
今まで通りで、秋元真夏が新たに選抜入りしたことは
すでに周知のことだ。
このPVの構成はラストシーンを除いて、
ダンスシーンが流れてゆく。
ラストシーンは、「会いたかったかもしれない」へ
リンクするかのように、あるいは真逆なのだが、
チャイムと生駒里奈の視線で終幕となっている。
体育館から、教室への、いつもの日常に戻り、
休憩から目覚めた生駒のクローズアップとなり、
始業のチャイムが鳴り、
教室の生徒全員が
さっきまで「制服のマネキン」を踊っていた
制服で、黒板のほうへ姿勢を正し、
ドアが開く。
そして、生駒がドアのほうへ視線を向けて
エンド。
曲のタイトルどおり、衣装は制服になっている。
体育館をメイン舞台にして、廊下、教室でのシーンが
交互に挿入されてゆく。
そして、メンバーの表情がすべて無表情ともいえる
硬質な表情でダンスをしている。
そう、ちょうどAKB48の「UZA」に対抗するかのような
ハードな印象の振り付けと曲、そしてイマージュになっている。
おそらく、公式ライバルとして、脱皮したイマージュが
この「制服のマネキン」とでもいうのだろうか。
乃木坂46、年明けすぐに大握手会があるので、
今から楽しみしている。
この点からみても、ライバルが秋葉の劇場公演を
年明け元旦にやった後、間髪いれずに乃木坂は
正月休み開けに、勝負にでるということだろうか?
NMB48「北川謙二」
教室の黒板の前で三人の女生徒達(さやねえ、ゆいはん、ミルキー)
が数学の問題を解いている。
黒板には数式が書き込まれ、教室の女生徒全員が、
三人も含めてみな、眼鏡をかけている。
眼鏡が、知性のイマージュを生み出すのだろうか。
そして、ひとりの女生徒(ミルキー)だけ、数式が解けず
「X=AC=北川謙二」と書き込み、
オーバーヒートして、ミュージックシーンが始まる。
教室が反転して、ハートをたくさん付けた衣装で、
ダンスと音楽が始まる。
ダンスシーンは、教室の椅子に座ったままのメンバーが
制服のまま、上半身だけで振り付けをするシーンが、
時々挿入され、調味料のような味付けをしている。
ピンクのクッションと
植樹の植木鉢(緑)を二列に並べたシーン。
床には黄色の円形の模様が並び、
軽さを生み出している。
色が、植樹の緑、クッションのピンク(赤系)
そして床の模様の黄色と、
三色の統合となるイマージュだ。
そして、ダンスの振り付け自体が軽やかだ。
軽さのイマージュ、それが「北川謙二」なのか。
(先日の読売ランドの握手会でも
北川氏本人が握手会を行なうという
軽さが、とても印象的だった)
SKE48「キスだって左利き」
丸山健志監督によるPVは、何と言っても学園ドラマと
ミュージックシーンが統合された作品となる。
学生寮、教室、通学途上を舞台にドラマが展開し、
学園なのか、花壇のある中庭で、
純白の衣装で、ダンスシーンが始まる。
純白の衣装が、ピュアなイマージュを
予感させている。
ジョギング途中で、男女のキスシーンを偶然覗き観た
女生徒が、学生寮の部屋に、
同級生達を集めてキスの仕方を説明する。
通学途中のシーンでは、思いを寄せる男子とバスに乗り合わせた
女生徒が、離れた位置から、男子のほうへ視線を向ける
シーン(クローズアップ)が挿入される。
ソフトクリームを同級生と食べながら、
店員に思いを寄せている女性徒の視線。
そして失恋、破局へと向かうのが、
じゅりなの役となる。
教師に思いを寄せる女生徒(じゅりな)は
親友(玲奈)に頼んで、講堂でプレゼント
を渡すのだが。
ところが、失恋し、親友に打ち明ける。
親友は、回想シーン(落ち込んでいるときに
話しかけてくれたことや二人で自転車に
乗ったこと)から、友達の思いを理解し
慰める。
この曲は明るく、テンポの良い、
SKE48らしいメロディーになっている。
ラストシーンは、天使たちのイマージュとなるのだろうか。
中庭で、純白のメンバー達が輪になり、
中心でキスを思わせるじゅりなとれな
の重なった白いシルエット。
AKB48「UZA」
このPVがJoseph Kahnの作品だと知って、
今更ながら驚いている。
「ギンガムチェック」との違いが大きい。
トーマス・ピンチョンの小説のような
「ギンガムチェック」の
複数のプロットが並走し迷走し、
ギャク的なイマージュと比較すると、
今回の「UZA」は、
統合されたバランスになっていることに
気づく。
屋根裏部屋らしき場所で、
木の葉舞い散る床。
人形使い師らしき二人(まゆゆ、じゅりな)がシルクハットと
ステッキの出で立ちでわれわれを迎える。
ダンスシーンがモンタージュされるが、
全体は、部屋にある人形達、
バレリーナ、あやつり人形、貴婦人のドール、
ブリキの兵士、パイレーツ、ファイター
そして、びっくり箱から現れるピエロ。
多彩なキャラクターを、二人の人形使い師が操るのだ。
UZAでは、非対称がひとつのポイントになっている。
それは、左と右のポジションを入れ替えているところにある。
人形使い師は、ブリキの兵士のいるガラス館の横で、
左右を入れ替わりながら、ステッキのダンスをする。
非対称となることで、全体の美のテンションが維持される。
笑顔がない世界で、ピエロ(ゆきりん)をびっくり箱から出す
人形使い師(まゆゆ)だけが笑顔をこぼす。
ピエロの左頬のダイヤのマークまでもが、
非対称性を生み出しているのだ。
これも全体と個の非対称のイマージュになっている。
無表情を維持している全体のシーン。
神が憑依した古代の巫女(シャーマン)のような
人形使い師(じゅりな)は、
激しい動きで、人形達の動きをクライマックスに
もってゆく。
静的でソフトなもうひとりの人形使い師(まゆゆ)が
全体の激しさと非対称なイマージュを作り出す。
ラストシーンが、静的なイマージュとなるのは、
全体の流れのハイテンションな色調との
非対称のせいなのだろう。
ドアが締まり、観る者であるわれわれは
部屋から締め出される。
を聴きながら、このブログを書いている。
この曲は、映画「羊たちの沈黙」で
レクター博士が監視付きの檻?の中で
聴いているシーンがある。
また「地球が静止する日」にもこの曲が流れ
地球が救われるというシーンがある。
まあ、音楽というものは、映画のシーンに結びつく
ことが多い。
そして、われらがAKB48のPVも音楽と映像が統合された
ひとつの芸術ではないかとさえ、近頃思うのだ。
とはいいながら、今日は、乃木坂46、NMB48、SKE48、そして
AKB48の最新PVを観たので、順に書いてみる。
乃木坂46の「制服のマネキン」のPVが公開されたので早速観てみた。
(CDとDVDは来月下旬に発売予定なので待ち遠しいが)
このPVを観て、少し衝撃的だった。
というのも、いままでの乃木坂46のコンセプトというのか
殻を破り、次の段階がやって来たのかもしれないと感じたからだ。
(なんとなく、AKB48の初期の「スカートひらり」を連想してしまったが)
曲調がハイテンポで、「走れ!Bicycle」など今までの3曲とは
違っているような印象がある。
ダンスも今までの色調とは異なるようだ。
センターは、生駒、星野、生田の三人なのは
今まで通りで、秋元真夏が新たに選抜入りしたことは
すでに周知のことだ。
このPVの構成はラストシーンを除いて、
ダンスシーンが流れてゆく。
ラストシーンは、「会いたかったかもしれない」へ
リンクするかのように、あるいは真逆なのだが、
チャイムと生駒里奈の視線で終幕となっている。
体育館から、教室への、いつもの日常に戻り、
休憩から目覚めた生駒のクローズアップとなり、
始業のチャイムが鳴り、
教室の生徒全員が
さっきまで「制服のマネキン」を踊っていた
制服で、黒板のほうへ姿勢を正し、
ドアが開く。
そして、生駒がドアのほうへ視線を向けて
エンド。
曲のタイトルどおり、衣装は制服になっている。
体育館をメイン舞台にして、廊下、教室でのシーンが
交互に挿入されてゆく。
そして、メンバーの表情がすべて無表情ともいえる
硬質な表情でダンスをしている。
そう、ちょうどAKB48の「UZA」に対抗するかのような
ハードな印象の振り付けと曲、そしてイマージュになっている。
おそらく、公式ライバルとして、脱皮したイマージュが
この「制服のマネキン」とでもいうのだろうか。
乃木坂46、年明けすぐに大握手会があるので、
今から楽しみしている。
この点からみても、ライバルが秋葉の劇場公演を
年明け元旦にやった後、間髪いれずに乃木坂は
正月休み開けに、勝負にでるということだろうか?
NMB48「北川謙二」
教室の黒板の前で三人の女生徒達(さやねえ、ゆいはん、ミルキー)
が数学の問題を解いている。
黒板には数式が書き込まれ、教室の女生徒全員が、
三人も含めてみな、眼鏡をかけている。
眼鏡が、知性のイマージュを生み出すのだろうか。
そして、ひとりの女生徒(ミルキー)だけ、数式が解けず
「X=AC=北川謙二」と書き込み、
オーバーヒートして、ミュージックシーンが始まる。
教室が反転して、ハートをたくさん付けた衣装で、
ダンスと音楽が始まる。
ダンスシーンは、教室の椅子に座ったままのメンバーが
制服のまま、上半身だけで振り付けをするシーンが、
時々挿入され、調味料のような味付けをしている。
ピンクのクッションと
植樹の植木鉢(緑)を二列に並べたシーン。
床には黄色の円形の模様が並び、
軽さを生み出している。
色が、植樹の緑、クッションのピンク(赤系)
そして床の模様の黄色と、
三色の統合となるイマージュだ。
そして、ダンスの振り付け自体が軽やかだ。
軽さのイマージュ、それが「北川謙二」なのか。
(先日の読売ランドの握手会でも
北川氏本人が握手会を行なうという
軽さが、とても印象的だった)
SKE48「キスだって左利き」
丸山健志監督によるPVは、何と言っても学園ドラマと
ミュージックシーンが統合された作品となる。
学生寮、教室、通学途上を舞台にドラマが展開し、
学園なのか、花壇のある中庭で、
純白の衣装で、ダンスシーンが始まる。
純白の衣装が、ピュアなイマージュを
予感させている。
ジョギング途中で、男女のキスシーンを偶然覗き観た
女生徒が、学生寮の部屋に、
同級生達を集めてキスの仕方を説明する。
通学途中のシーンでは、思いを寄せる男子とバスに乗り合わせた
女生徒が、離れた位置から、男子のほうへ視線を向ける
シーン(クローズアップ)が挿入される。
ソフトクリームを同級生と食べながら、
店員に思いを寄せている女性徒の視線。
そして失恋、破局へと向かうのが、
じゅりなの役となる。
教師に思いを寄せる女生徒(じゅりな)は
親友(玲奈)に頼んで、講堂でプレゼント
を渡すのだが。
ところが、失恋し、親友に打ち明ける。
親友は、回想シーン(落ち込んでいるときに
話しかけてくれたことや二人で自転車に
乗ったこと)から、友達の思いを理解し
慰める。
この曲は明るく、テンポの良い、
SKE48らしいメロディーになっている。
ラストシーンは、天使たちのイマージュとなるのだろうか。
中庭で、純白のメンバー達が輪になり、
中心でキスを思わせるじゅりなとれな
の重なった白いシルエット。
AKB48「UZA」
このPVがJoseph Kahnの作品だと知って、
今更ながら驚いている。
「ギンガムチェック」との違いが大きい。
トーマス・ピンチョンの小説のような
「ギンガムチェック」の
複数のプロットが並走し迷走し、
ギャク的なイマージュと比較すると、
今回の「UZA」は、
統合されたバランスになっていることに
気づく。
屋根裏部屋らしき場所で、
木の葉舞い散る床。
人形使い師らしき二人(まゆゆ、じゅりな)がシルクハットと
ステッキの出で立ちでわれわれを迎える。
ダンスシーンがモンタージュされるが、
全体は、部屋にある人形達、
バレリーナ、あやつり人形、貴婦人のドール、
ブリキの兵士、パイレーツ、ファイター
そして、びっくり箱から現れるピエロ。
多彩なキャラクターを、二人の人形使い師が操るのだ。
UZAでは、非対称がひとつのポイントになっている。
それは、左と右のポジションを入れ替えているところにある。
人形使い師は、ブリキの兵士のいるガラス館の横で、
左右を入れ替わりながら、ステッキのダンスをする。
非対称となることで、全体の美のテンションが維持される。
笑顔がない世界で、ピエロ(ゆきりん)をびっくり箱から出す
人形使い師(まゆゆ)だけが笑顔をこぼす。
ピエロの左頬のダイヤのマークまでもが、
非対称性を生み出しているのだ。
これも全体と個の非対称のイマージュになっている。
無表情を維持している全体のシーン。
神が憑依した古代の巫女(シャーマン)のような
人形使い師(じゅりな)は、
激しい動きで、人形達の動きをクライマックスに
もってゆく。
静的でソフトなもうひとりの人形使い師(まゆゆ)が
全体の激しさと非対称なイマージュを作り出す。
ラストシーンが、静的なイマージュとなるのは、
全体の流れのハイテンションな色調との
非対称のせいなのだろう。
ドアが締まり、観る者であるわれわれは
部屋から締め出される。