第一部 山人って何? 35回
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「ツイート げん@hiiragi キューブ学園、放課後 生徒達が変わった笛の練習をしてるなぁ。懐かしい音色だよ」
「ツイート ルイ@monzen 久しぶりの京都を満喫。昨日は南禅寺で湯豆腐。今日は清水寺から。 民俗博の宣伝まだ続いている。あきらめてないのかな?」

 野次は、台場公園から逃げるように離脱していった、トラック三台の後を尾行した。和歌山市郊外にある建物に、三台のトラックは停止し、男達は建物の中に入って一時間もしたら、またトラックに分乗して大阪へ入った。大阪府の郊外にある建設会社へ帰っていったのだ。途中で立ち寄った和歌山市郊外にある建物は、美元財団の支部の建物だった。いわゆる撤退ということなのだろうか。動きはそれ以来は、二、三日はなかった。

 熊楠は、台場公園からの凱旋帰宅の途中で、毛利と喜多幅に、龍仁が土宣法竜の代理で来てくれたことを説明し、美元財団の企ての背後には、何か呪法が絡んでいる可能性があることを告げた。毛利は牟婁新報に記事を書き立てることにし、喜多幅は有志達と今後の行動プランを練ることにした。まずは台場を売却した町役場との交渉になるだろう。そして手付金しかもうっていないことから契約不履行のため、町役場は裁判所へ訴訟を起こすことになる。そういったことを打ち合わせて、いったんは解散となり、熊楠は龍仁を自宅へ招き、書斎で今までのゆきさつについて話し、お茶と山盛りのあんぱんで龍仁をもてなすことにしたのだ。
 丸めがねのサングラスをして、まるで暗殺者レオンのように見える龍仁だが、正座しヘルメットを脱いだ剃髪の頭、つまりは坊主頭をみれば確かに、一介の僧侶である。
 龍仁はあんぱんをほおばりながら、土宣法竜から聞いたのだと言って、ひとつの歴史、つまり坂丘家と高野山との関係へといたる史実について語りだした。

 話は空海、後の弘法大師が遣唐使として唐へ渡った頃に遡る。
まったくの無名層だった空海が、その頃、スーパースターのような最澄とともに、遣唐使として派遣された理由は、坂丘一族の渡来に関係している。
 そもそも、謎の坂丘一族は、一説では地中海あたりからシルクロードを経て、中国大陸、朝鮮半島を経て、日本に渡来してきたらしい。彼らの目的は、アトランティス大陸、あるいは蓬莱の浮上を使命として、やってきたのだ。ちょうどローマ帝国がキリスト教に感染し、十九世紀にニーチェが、古代ギリシアの神々の死亡診断書を書き出すまでは、キリスト教病が蔓延したヨーロッパから、坂丘一族は脱出したといえるのだ。
 
 坂丘一族は、当時の日本の権力層にうまくとりいった。帝の関係者ならびに帝自身へ絹をはじめとした、海外の貢ぎものをふんだんに使って、いわゆる袖の下、つまりは賄賂づけにして、アジアンポリティカル、文化人類学的考察にたけた坂丘一族は、貴族や皇室を骨抜きにして、徹底的にスポイルし、唐の皇帝とのパイプを作り、地中海への復帰を準備していたのだ。
 ところが、大陸に散在する、坂丘一族の息のかかった情報網達、すなわちスパイ達のつかんだ情報によると、どうやら、アトランティスは、日本の近海に沈んでいるらしいではないか。それも蓬莱という名前で、文献や噂や伝説があるらしい。浦島伝説もしかり、竜宮城という名前の海底の城の話などなど。中国大陸では、神仙というスーパーなやから、ニーチェのいうところの超人?というやつらが、蓬莱には不死の薬があるとかないとか、言っていたらしい。その話を本気にした秦の皇帝は、徐福という医学団体を、日本へ派遣したらしい。しかし、その話には裏があり、徐福というのは、当時の軍事兵器開発研究者達のことで、まさに、坂丘一族の目指す、最終兵器を探しにきたのではないか、ということだった。徐福は日本へ渡り、その後、消息は不明になっている。
 ところが、坂丘一族は、日本にもすでに蜘蛛の巣の如き、情報網を張り巡らし、蓬莱に関係する話を、果ては皇室の厠のくそ壷から、貧農の厠のくそ壷の中まで、ありとあらゆる網、ウェブを立ち上げていた。
 そして、ある情報を入手した。
 三種の神器があれば、蓬莱すなわちアトランティスを浮上できるかもしれないという話だ。三種の神器のうち、やさかの勾玉とやたの鏡のふたつによって、熊野神社からみて南方の方向へ、ある音響を共鳴されることで、蓬莱を浮上できるという話を、古事記の元ネタとなったいくつかの文献から、坂丘家は嗅ぎ付けたらしい。
 当時の日本は、仏教こそが権力にもっとも近づきやすい階級だった。あとは、天文学の権威である陰陽師達だ。すでに日本の黒幕になっていた坂丘家といえども、三種の神器へ近づくことは、かなりの難易度があった。その頃の人間の認識は、近代では考えられない迷信というのか、いや知識といってもいい、ある種の恐怖をもたらす、知識が普及していた。たとえば、病気になる原因は、呪いだというように。陰陽師と仏教層の類似性は、一般ピープルないしは政治家である、天皇、貴族には、およそ分からない、呪文を唱えることができる点にある。お経にしても、陰陽師の式、式神などなど、およそ、何を意味しているのか分からない、音声の集まりを使う。得体の知れぬ者達よ、ということになるわけだ。
 とは言え、坂丘家は宗教が嫌いな一族であり、あえていえば、アトランティスや蓬莱を信じる、ムーみたいな嗜好の一族、オタクっぽい一族なので、仏教や陰陽道をマスターする人間は、一族の間にはいなかった。
 それで、オフショアするため、ひとりの青年層に白羽の矢を立てた。それが、後の弘法大師、空海であった。
 最初、空海は、坂丘家が経営する水銀測量会社で働いていた。比較的熱心で、かつ同僚達よりも何十倍もできがよかった。つまり、字が読めたのだ。やがて、若いうちから優秀な者の辿るコース、すなわち、同僚や先輩から妬まれ、後輩達から崇敬されるというコースを歩み、若い労働者達を煽動して、ストライキをやらかした。これが、雇われ社長から、さらに上空の、勝ち組である殿上人、ミスター坂丘の耳に入った。 
 ミスター坂丘は、空海を呼び寄せ、酒池肉林でスポイルしようと試みたが、空海は動じなかった。酒池肉林ごときでは、快楽を満たせなかったわけだ。ネイティブ文化人類学者であった、ミスター坂丘は、空海が何を求めているかを観察することにした。当時ではまだ存在すらしなかった、つまりはマルクスの前世だったのかと思うような空海なのかな、とか、レーニンの前世なのかな、つまりは政治がやりたいのかな、とか考えたわけだった。
 だが、それらのいずれでもなかった。空海がひとつだけ熱心だったのは、般若心経を唱えているときだけだった。そこに何かあるとミスター坂丘は睨んだ、とは言え誰でも分かるような話ではあるのだが。(龍仁は、あんぱんのあんこだけほじっては舐め、抹茶で喉へ流し込みながら、話を続けた)
 つまり、空海は仏教オタクだったのだ。それもマイナーな仏教が好きで、当時の日本のお坊さんも知らないような、仏教が好きだった。
 これはしたり、とミスター坂丘は思ったのかもしれない。
 ミスター坂丘の一族は、インド、チベットを経て、中国大陸へ伝わる、密教について知っていて、密教の謎についても、蓬莱に関わるというレポートを一緒に日本に持ち込んでいた。これはよい機会かも知れない。この空海青年を、坊主に仕立て、しかも唐へ派遣して、密教の秘技を持ち帰らせることで、蓬莱の謎と、権力への意思も満たせるではないか。つまり、空海をドエリャー僧侶にして、最澄の座している位を奪取させ、裏から、人形浄瑠璃の如き、糸を引こうではないか、と。
 かくして、最澄に騙され、財政がやや困難になりかけていた天皇をたらし込み、空海の支援を申し出て、すなわち、空海を第一団の船でゆかせてちょ、という条件で、大金を寄付することにしたわけだった。
(次回へつづく)