黄昏のエクソシスト 最終章

第一回
前回

葉桜の下で、佐伯のじいさんは煙草をふかしていた。
いつか見た事のあるような風景だ。

あれは、ほんの数週間前の出来事だ。

神父をはじめ、筒、柊一家、そして佐伯のじいさんさえも、深夜に、廃校になった
小学校の教室で、盆踊りを行っていた。

翌日、佐伯のじいさんも証人になってもらうため、廃校の小学校へ来てもらい、
神父達の盆踊りの姿を見てもらった。

しばらく無言だった佐伯のじいさんも、これからの事に思案に暮れ始めていた。
私はといえば、無責任にも、この地から離れることを計画し始めていた。
面倒なことに関わらないことが生きる上での重要ポイントとなるのだから。

とはいえ、翌々日からは佐伯のじいさんも盆踊りの一団に加わっていたのだった。

仕方がなく、一通の手紙をしたためて、隣町の郵便局で投函した。
古くからの友人へ相談を持ちかけたわけだ。

スナック「さくら」もついに店を閉め、ママの姿も盆踊りの一団の中に見つけた。

謎は、昼間は彼らは何処にいるのか?ということだ。

教会へ訪れる信者達も姿を変えて、盆踊り集団の一員に化していったのだろう。
盆踊りの集団が膨らみ、あげくには元小学校の校庭で夜な夜な行なわれること
になっていった。
ソメイヨシノの花吹雪の下で、円形の列が動きながら、
レコードの音響が増幅され、校庭の空に響き渡っていた。

友人からの返信が、そんな頃に届いた。
私としては、この地を離れるという選択も勿論あったのだが、
好奇心がこの地にとどめ、解決へと導くまで見届けるという選択肢を
選ばせたのだろう。

友人というのは、十年来の付き合い(といっても一年に一度くらいしか
会うこともないのだが)で、数学の教師をしながら、あちこちと旅をしている。

だから、今も旅に出ているかと思ったが、どうやら旅先から帰っていたようだ。

手紙で、詳しい事情を知らせのは、何か、そうあの十年前のときのように
よいアイディアを提供してくれるのではと思ったからだった。

友人からの手紙には、
教会には地下室がないかどうかを確認してくれとあった。

教会の地下室は、祭壇の裏側にあった。
十平方くらいの広さの部屋で、机とランプ、書棚があった。
部屋の床には、直径が二メートルほどの円と正六角形が組み合わせた図が描かれていた。
文字と記号が、円周に沿って並んでいた。

これは魔法陣ではないかと思ったが、詳しいわけではないので、つぎに
書棚を見た。
書棚には洋書が並び、やはりタイトルだけでは不明な書が百冊ほど並んでいた。
机の上には、床に描いた図形の縮小版とでもいうような、設計図なのか、一枚の
紙が載っていた。
写真のポートレイトには、神父と見知らぬ老人が並んで写っている写真があった。



夕陽が校庭に広がり、すっかり葉桜になった樹木の
近くに、人影がひとつあった。

取り憑かれている誰かが、こんな時刻にやって
来たのかと思い、眼を凝らして見た。

それは友人だった。
黄昏に現れた友人が、風呂敷を片手に、校舎のほうを
眺めているのだった。

私は校舎の外へ出て、友人に手を振った。
友人、花田は無表情だが、眼だけ細めて、お辞儀を返した。

ちょうど日曜日なので、花田は休みだと言った。
私から、依頼された内容を伝えると、静かに頷きながら、
花田は校舎を見回した。

そしてまず、教会にある地下室が見たいといったので、
連れて行った。

書棚を眺めながら、花田もやはり、魔術のことは分からない
といった。魔法陣のことは分からず、頭を掻きながら、
魔方陣という数字パズルなら分かるんだがね。

円と正六角形か、とつぶやきながら、
どんな意味があるのだろうね、と言った。

我々は再び、廃校の教室へと向かった。
陽は沈み、灯りのない校舎へと入った。

花田は、メガフォンが職員室にはないかなと言った。
ふたりで職員室に入った。
机の下や壁を探し、ようやくひとつメガフォンを見つけた。
電池の入っていることを確かめ、これならまあ大丈夫だろうと
花田は言った。

一体どうしようとしているのか、私には何も説明せず、
言葉少なく、花田を何かを進めていた。

盆踊りが始まる時刻が深夜なので、
それまで夕食をとる為に、
隣町まで徒歩で出かけた。
花田はなるべく、目立たないように
したほうがよいと言う。
それに待つ時間をまぎらせることも
できるし、と。

食事の間は、近況について語り、
旅先の(出雲大社へ行ったという)ことについて、
ぽつりぽつりと語り、
これからどうなるかは、まったく話してくれなかった。

ふたたび、校舎へともどり、仮眠をとることに
して、一時間ほど、仮眠をとった。

狸が踊っている悪夢に醒まされた。

時計は盆踊りの時刻になろうとしていた。

ふたりで校舎の裏に沿って、校庭が見える
位置まで行った。

果たして、校門から大勢ぞろぞろと入って来た。

神父の姿や佐伯のじいさんの姿もあり、
さくらのママもいた。

皆、一体どこからやって来ているのだろうか。
昼間は何処にいるのだろうか。

総勢、五十人ほどが輪になり、レコードが鳴り始めた。

十五分ほどしたころ、花田は、風呂敷から
カセットプレイヤーを取り出した。

再生ボタンを押し、ボリュームを最高にして、
メガフォンをスピーカーの所にあてがった。

音響がこだまし、盆踊りの音楽と入り交じった。

モーツアルトのアイネ・クライネ・ナハト・ムジークだった。
音楽が混在し、系が乱れた。

輪が止まった。
盆踊りの輪がとまり、無表情な顔をしたまま、
皆立ち止まり、動かなくなった。

そのとき、叫び声が聞こえた。
輪を作っていた人々は次々に倒れていった。

倒れた人間の中、一人だけ残った人影があった。
黒いフードを被った人物だけが、頭を抱えて立っていた。

花田はスタスタと近づいた。
頭を抱えていた人物は、花田が近づくと、フードをはずした。

フードの下から、筒の顔が現れた。



葉桜の下で、私は佐伯のじいさんへ別れを告げた。
佐伯のじいさんは、疲れた顔をしながら、また何かあったら
いつでも寄りなと言った。

海辺の砂浜を歩きながら、花田の説明を思い出していた。

「催眠状態だったんだね。筒の祖父が、神父の親友だったんだが、
どうやら、あるとき仲違いし、孫に催眠をかけて魔術の恐怖を
示そうとしたんだろう。
詳しいことは、よく分からないけれどね。
なんせ、筒の祖父はもう故人だから。

ああ、盆踊りか。
そう、盆踊りとは、巡回する群なんだよ。
踊り手の順番は、一番から二番、二番から三番と続き、最後の順番にくると、
その次がまた一番に戻るというように、巡回している。

このぐるぐる廻るという操作の系を乱すには、
盆踊りの音楽とは別の、まったく異質のコードを
流すことで、巡回が止まるということだね。

盆踊りの目的かい?

たぶんだが、筒の祖父はユーモアセンスのある魔術師だった
んじゃないかな。まあ、推測だけれども。
おそらく、別に目的などなかったのかもしれないね。

巡回群の巧妙さは、筒に催眠をほどこし、何らかのきっかけで
催眠がはじまり、今度は神父をはじめ、自分の周囲にいる人々を
催眠にかけてゆくという、これも巡回する群で、催眠操作になっている。

だから、盆踊りのコードが狂ったことで、催眠作用の巡回群が
成立しなくなり、もとに戻る、つまり覚醒してゆくことに
なる。

まあ、ぼくが分かるのはここまでだけれどね。

魔術とか催眠については、まったく知らないんだけれど。

音楽に別の音楽をぶつけるという方法は、
ぼくの仮説にすぎなかったが、うまくいかなかった
可能性もあったけれどね。はははー」

花田は笑ってから、缶コーヒーを啜た。

花田は自分の家へ戻った。

救急隊や警察が来たときには、花田は去った後だった。
筒達は、病院へ搬送された。
警察に事情を聴かれたが、適当に答えておいた。
警察にも何も分からないだろう。
そもそも、事件だったのだろうか?

そして、今日まで、やはり特に問題らしい問題は
起こらなかった。

神父も筒も教会へ戻り、佐伯のじいさん達も今まで通りに戻った。
柊家の娘は、病院で治療を受けることになったそうだ。

おさまるべきところへ、すべてが収まる。
これも自然のなりゆきなのだろうか。

夕陽に染まる船のデッキに立ち、遠くに見える教会を眺めながら、
私は次の居候場所について思いめぐらせいた。

空に、盆踊りの音楽が流れているような気がした。
(完了)