妖怪の論理学 第二部 1

 ちょうど夕食時のことだった。屋代の古老が篤胤先生宅へ訪ねてきたのは。貴船直保は台所で握り飯と大根の葉っぱ汁で、いつもの簡単な食事を先に済ませていたので、玄関まで出迎えた。篤胤先生の家族は、中庭に面した座敷で夕餉の最中だったのだ。
 屋代の古老の言うには、この間、瓦版の出した号外で話題の子供が、薬屋の山崎の家に居候しているらしい。これから行って、その子供に会って見ようと思うのだが、篤胤先生も行くかどうか、誘いに来たのだという。
 篤胤先生に取り次いだら、行く行く、行くーと何だか夜伽のヲナゴのよがり声のように声を出し、夕餉の膳もそのままに、奥様に出かけるよー、ちょっくら云ってくるわいねと軽いノリで、直保を引き連れ、玄関へと急いだ。
 玄関には屋代翁の他に、伴信友先生もいつの間にかいて、「えーホント!マジっすか?え、マジッスか?」と屋代翁に聞いている。袴から二本の毛深い脚が出ているのもおかまいなく、袴をたくしあげているではないか。もうじき五十に近づくというに、子供のようにはしゃいでいる。屋代翁は冷静に、「だからね、成やんとこに確かめにゆこうと思うてんの」と上方なまりで、のたまわっていた。
 見送りに出て来た、奥方と愛らしいお嬢様のおてうさんの二人は、いい歳こいた大人達のあまりの純真さに、驚きいっていたのだ。
 とにかく、直保は篤胤先生の筆記係として、屋代の古老、伴、そして篤胤先生のお伴をして、下谷長者町まで歩いて向かったのだった。
 
 直保が瓦版の号外を読みながら、街角口上を聞いたのはおとついのことだった。不忍池の前で、十数人ほどの人だかりの中で、瓦版屋の磯吉は、山人に異界へ連れて行かれた少年が、近所にやって来たのだと、大声で話始めた。山人の総代将、杉山僧正の弟子である寅吉が帰ってきたよ、と云う事らしかった。
 篤胤先生に瓦版の号外を伝えるや、「噓つくんじゃねぇよ」と直保の胸ぐらを掴み、「てめえ、その嘘マジかよ」と普段の落ち着きぶりとはまるで違う篤胤先生が、そこにいたのだった。
 奥方とお嬢様が、篤胤先生を落ち着かせて、寝室へと連れて寝かしつけてくれたからいいものを。直保はやれやれ、と書生も楽じゃないね、でもタダ飯だし、美しきお嬢様のお顔を拝ませていただけるので、まあ、差し引きゼロってとこね、と自分を慰めるのだった。

(次回へ)