第一部 山人って何? 33回

登場人物の紹介



「ツイート ルイ@monzen
 今日は京都、平等院鳳凰堂前でwky24ユニットが、民俗博覧会の広報活動中。頼りない男二人組が、立て看板の前でビラを配ってる。」
ルイから送られた画像には、同じ衣装を着た若い二十四人の女子達が並んでいて、その横で、驚くべきことに、勝四郎と熊五郎の二人がニコニコしてビラ配りをしているではないか。熊楠はこれで、きゃつら二人の居所を掴めたわけだ。しばらく、そのままにしておくか。
「@monzen その男ども二人はわいの舎弟や。これで行方がわかった。おーきにやでー」

「ツイート ゲン@hiiragi
 今日も疲れた、京子さんの店は休みなので、飲みにゆける場所がないなぁ。鶏肉と大根でも買って、甘辛煮にして、家で岐阜の酒でいっぱやるか」
「@hiiragi 京子はしばらくいないよ。もうお店やらないかもしれない...サキ@yoshiyuki」
「@yoshiyuki え!そうなの。寂しいなあ。ゲン@hiiragi」
「@yoshiyuki 京子さんは花田と一緒? 熊楠@minakata」
「@minakata ひとりで出かけたの。落ち着いたら連絡もらえることになってる。京子は花田と分かれたんだよ! でもよかったと思う。サキ@yoshiyuki」

「ツイート 野次@yaji 花田の消息まだつかめず。コロンボは美元に揺さぶりかける予定。私は民俗博覧会を調査予定」

「ツイート 北@kitagawa だいぶ歩けるようになった。あと二三日したら、野次に合流するよ」
「@kitagawa あまり無茶するな、身体を使わなくてもできる調査もあるので、そっちを頼む。詳細は携帯メールと電話で説明する。野次@yaji」

「ツイート 野次@yaji 台場公園周辺に、その筋らしき集団が、立ち入り禁止の札と有刺鉄線を張り巡らしている。唯一の入り口には、トラックの荷台が立ち塞いでいる」
「@yaji 始まりよったか、よーし、町民つれてデモ行進したるでぇ。みちょれよ、美元め、坂丘! 熊楠@minakata」

 田辺公民館に、総勢三百人ほどの老若男子が集まった。毛利、喜多幅を先頭に、決起集会とシュプレヒコールを上げ、熊楠は、われらには熊野大社の神様がついてるでぇ、どないなことになろうと、われらの勝利は間違いないのじゃいと気炎をあげた。集まった者たちは、旗やプラカードに、台場を取り戻せ、売却反対、田辺の自然を壊すなといったスローガンを思い思いの意思と感情を込めて書き込み、日の丸の豆絞り手ぬぐいを鉢巻きにして、台場公園まで行進をはじめた。行進の最後尾には、錦館から急遽呼んだ、奇麗どころが南米のサンバダンサーズに扮して、サンバの音楽を流しながら、日高川を踊りながら、付いていった。
 行進を見物する町の人々、ほとんどはおんなこどもだが、道端にならんで、日の丸の旗を振りながら、駅伝か東京国際マラソンのような、応援に酔いしれている。行進についてゆく子供達は、むしろ最後尾の奇麗どころの御姐さんたちのまきちらす色気とおしろいの匂いに、アール指定十五ギリギリに、酔い痴れているのだろうか。
 やがて、海が見え、森林に覆われた地形に近づくと、有刺鉄線が張り巡らされていた。有刺鉄線の柵の前に、トラックが三台停止していた。トラックの廻りには、十数人の屈強そうで目つきの怖ーい、ひとめでその筋らしい方々が退屈そうに煙草をふかしていた。
 怖そうな男どもの眼光にひるんだのか、公民館をでるときは元気だった、先頭の者達は有刺鉄線の十数メートル手前で立ち止まり、うしろの者達に押される形になった。それでも数の上では、圧倒的な有利さを自覚し、先頭にいた者達もすぐに大きな声を上げ、田辺の自然を壊すな、民俗博覧会の建設を即刻中止せよ、台場から撤退しろと、先頭の若者の煽動的な主導について、口々に叫んだ。先頭の若者はヘルメットに、丸めがねのグラサン、白軍手、メガフォンを持って、集団を煽動する過激派系の学生のような出で立ちだ。知らない顔だったが、熊楠は青年に好感をもち、先頭に進みでた。
 コワモテさんたちは、煙草を地面に投げ捨てると、地下足袋で十何回もこすりつけるようにして煙草の火が消えていても、さらに消すための余韻を、つまり、怒りをしめす、あるいは面倒な馬鹿達がやってきてイラついていることのデモンストレーションなのか、一斉に同じ動作とタイミングで、動き出した。
 そして、コワモテどもの後ろから、裸の上半身に白のさらし、半纏を両肩にかけた、五分刈りで、頬に刀傷のある、いかにもいかにも、何だっけと忘れてしまいたいほど、怖ーい、そして、度胸のすわった、この世の地獄とあの世の地獄を、両方とも通ってきたような、修羅場くぐりのプロフェッショナルが、仕込みの刀の入った鞘を肩にかついでいるでは、あーりませんか。町民のみな様も、声を沈めなすっては、わいも怖くなるではないかい。行進してきた者達はシーンとなって、何かを、たとえば、熊楠が切られる?のを見守ろうとでもいうのかい。最後尾の御姐さん達だけが、サンバのリズムをまだ流しているが、熊楠の耳には、遠くにありて思うもの、かつての牧歌的な子供時代の距離ほど、遠く遠く感じていた。
 さしもの熊楠も圧倒的かつ問答無用の暴力の前には、南方マンダラからほとばしる博識、ロンドンの大英博物館で吸収した知識も役には立たない。つまりは、相手の知的レベルが低ければ、低いほど、熊楠はおのれの舌峰が全然役立たないことを承知いたしました、なのだった。どないしたらええねん?
 と、熊楠の脇に立っていた過激派学生みたいな丸めがねグラサン青年が、熊楠の恐怖と絶望に満ちあふれた心も知らず、メガフォンで「ばーか、暴力の前には、われわれはくっしないぞ!」とやりだしたではないか。あれ?ばーかとは、おのれのほうがアホじゃい。思わず、「やめんかい、どあほが」と言いそうになったときに、青年は小声で耳うちしてきた。
「土宣法師よりの使いで参りました、真言密教師、龍仁と申します。お初にお目にかかります。この場は私におまかせください」と言い、熊楠の驚きをよそに、後ろの町民団に向かって、「暴力反対、暴力反対」と煽動し始めた。町民達も同じように、口々に「暴力反対、暴力反対」と唱え始めた。その声はやがて、大きくなり、有刺鉄線前に並んでいる、修羅場のプロフェッショナル達も、一瞬止まってしまうほどだった。それほど、三百人、いや、いまや町から行進を応援しに付いて来た女こどももあわせれば、千人ほどになるだろうか、それらの者たちが、皆一団となり、同じひとつの言葉、すなわち「暴力反対」をまるで、真言密教のマントラのごとくに、叫んでいるわけだった。声は一体となり、台場公園を包み、田辺の町までも包み込むかのように、反響していった。
 コワモテ達も、空を見上げ始め、まるで、雲ひとつない空から、声がおりてくるかのような状態に変化し始めたのだった。
 海辺を飛翔するカモメ達は、町全体が叫んでるかのような、この大きな声、真言マントラを、おもしろがるかのように、いっしょに合唱し始めていた。海は午後の陽射しを受け、きらきらとした反射を、熊楠の顔に返していた。
(次回へつづく)