第一部 山人って何? 27回


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 さっきまで舞台の上にいた女の子達をすぐ眼の前に見て、勝四郎は一瞬自分の存在する空間が信じられなかった。地に足がつかないとかいろいろの表現があるが、まあそんな感じだろうか。隣の熊五郎はいつもの離魂術のように、どこを見ているのかわからんような様子だ。河本氏はニコニコしたまま、むしろそれが不気味でもあるが、WKY24のメンバーに勝四郎達ふたりを紹介するのだった。
 つまり、河本理事の話では、九月にグランドオープンする民俗博覧会まで、WKY24は宣伝の旅をおこない、大阪、奈良、京都を巡回するという。その巡回の旅に、お伴して、メンバーの世話役を、勝と熊のコンビでやってもらえないかという、青天の霹靂、目覚めたら有名人といったような、出来過ぎかつうますぎる話ではある。
「民俗博覧会ですか」
「そう、いろいろな民俗や風俗の道具だとか、食べ物、例えば、干し柿や干し椎茸など、古来から受け継がれたいるものを展示するのですよ」
「そういえば、うちの先生、南方先生は、民俗のこと詳しいんですよ」
「ああ、南方熊楠先生を知っているのですね」
「ぼくら、先生の弟子です」
「おお、それはすばらしい。うちの会長は柳田先生と知古の間柄で、その柳田先生は南方先生を尊敬していると言っていますよ」
「いやー、こういってはなんですが、ぼくらの熊楠先生は、とても変わってますよ。普通やないと思います」
といったやりとりをしつつ、到着すると、WKY24の四十八の瞳に睨まれたカエルになっているではないか。
 河本理事のうますぎる話を聞いたとき、自分の耳がついにいかれたのや、と勝は最初思った。目の前に女の子達がいて、紹介されるにしたがい、河本理事は、やはり狸で、河鍋堯斎の絵に出てくる狸の八畳敷きの建物の中におるんや、と思った。目の前の女子どももみな狸なんやろう。がいなことじゃ。
 河本理事からスケジュール表なる大きな厚い紙を渡され、巡業の各目的地を印した地図を受け取り、WKY24の二十四人の女子、四十八の瞳に囲まれ、よろしくお願いしますというソプラノハーモニーに包まれる頃には、そしてそして、二十四のコップ、みかんジュースの入ったグラスと、三つのグラス、つまりビールの入った三つのグラスで、乾杯を交わした頃には、夢であってもええ、さめないでくれれば、と勝四郎は強い思いを抱いた。
いつもの何倍も甘美で苦みのきいたビールの味であった。
 結局のところ、三日後に貸し切り客車にWKY24メンバーと熊五郎と勝四郎が乗り合わせて、和歌山市から大阪へ向かったときには、夢ではないという実感に包まれたのだった。両手にもったおにぎりを、交互にかじる熊五郎のほほに、米粒がまばらにくっついている姿を見て、勝四郎は巡業の行き先にいささか、緊張と不安を感じてはいたのだが。それと、なぜ河本理事は自分たちに、こんなおいしい?仕事を任せてくれたのだろうと、走りはじめた汽車の音を聞きながら、今になって小首をかしげるのだった。


 またまた、柳田先生から調査費用を渡された柊源蔵は、N県の得意先廻りをしながら、例の大根が大量に盗まれた事件の犯人が捕まったのか、と聞き込むのを忘れなかった。もう三度になる調査費用だ。二回ともゆきつけの「ハナミズキ」で使ってしまった。年はかなり離れた女性、自分の娘より若いやもしれぬ、京子というママがやっている店だ。
時々、京子の店は前触れもなく閉まっているときがある。なんでも、和歌山県へいって、熊野神社に詣でるとのこと。
 カウンターの椅子に座り、京子の色香に酔いしれながら、なれないウィスキー、米国産、ケンタッキーのストレートをちびちびやり、話を聞く。人生の、今となっては唯一の楽しみ。死んだ家内によう似とるわい。家内となった女性を見初めた歳と京子の歳は近かった。
 それにしても、最近の京子は妙に色気が出てきたと、源蔵は思うのだ。まあ、いい男ができたのだろう。熊野で逢い引きってか。何をひとりでわらってるのよ、と京子はにこにこしながら、源蔵に声をかける。声をかけられよけいに嬉しくなり、笑うのであった。ちょっと京子に気味悪がられているのだが、余計、それがおかしい。
 ただ、この間、大根泥棒の話をしたときに、珍しく、京子の形のよい眉が一瞬きつく眉間に寄り、昏い顔の表情になった。テーブル席の客が勘定を頼んだので、京子はいつものように営業スマイルにもどり、源蔵も歳のせいか、思考はすぐ別のことにうつり、忘れてしまうのだった。今日もう一度、大根が大量に盗まれた話と、米屋がキューブ学園に最近、大量の糠を届けた話をしたら、京子がこの間と同じような表情をみせたので、源蔵はそのことを思い出したのだ。
「でもね、糠なんか、学校で何に使うのかね。やっぱり漬け物の授業なんかあんのかな。でも米も近頃また高くなったしね。どうなのかね。」
「ほんと、お米が高くて、メニューも考えちゃうわ。夜遅くなると、おにぎりとかお雑炊食べたくなるお客さんもいるし、値上げしちゃうとお客さん、減っちゃうから」
「雑炊いいね、雑炊。ひとつもらおうかな。京子ママの手作り雑炊を。今日は五十件もまわったんで、腹減っちゃったよ」結局、はぐらかされた形になったが、まあ、歳のせいかおおらかな源蔵であった。
 れんげにのせた雑炊に、口で風を吹きかけながら、冷まして食べながら、熊野へは今度いつゆくかと聞いたら、近々ゆくのだという。よく行くんだというと、なんでも、和歌山県に友達がいて、同じ姉妹店のように、店名も同じ「ハナミズキ」のママをやっているので、彼女と一緒に行くのだという。
「ふーん、こんどいってみよかね。そっちのお店も」
「いってあげてよ。私からも紹介しとくわ」
 翌朝は、いつものごとく、記憶をなくしている自分を、自宅の布団の中に発見したのだった。携帯メールに、キャバクラのトモちゃんからのお礼があった。財布の中身が半分になっていた。シャンパンを五本も飲んだらしい。たぶん、女の子達が飲んだのだろう。源蔵には、水で薄めた岐阜産の蓬莱という大吟醸をだしたに違いない。どうも頭が重いや。さすがは、水商売。源蔵は井戸水をがぶがぶと飲みながら、さて、今日は柳田先生のしつこい調査願いにつき合うか。そうだ、米屋から聞いた糠の話を、学校へ聞きにいってみようと思った。
 午後はキューブ学園の保険室をたずね、顔見知りかつ胸の豊かさを見知ることになった、保険の美人先生、ちょっと肉感的な優しい熟女系先生に、米ぬかの話をしたら、あれはたくあんを生徒達が実習で作るためだという。「でも、たくあん作るには、大根がいっぱいいるよねぇ」と聞くと、大根は山で大量に仕入れたのだという。「あれ、こないだ大根泥棒がでたといってたけどな」と聞くと、それは何かの間違いだと、一笑にふされ、つられて源蔵も笑ってしまった。「なあんだ、何かの間違いだったんだね、あははははは...」
 開け放たれた保健室の窓から、源蔵達の笑い声は五月晴れの空へとこだまするのだった。

(次回へつづく)