第一部 山人って何?


登場人物の紹介


第一回へ


前回へ


25


 窓からさし込む光で北川は目覚めた。一瞬
自分がどこにいるのか、わからなかった。自
分はベッドの上で寝ていて、見慣れない部屋
で見慣れない寝間着でいる。しかも、どうや
ら昼間から寝ているようだ。

 女房のやつ、俺に変な服着せてどうしようっていうのか。
子供がいないので、昼間から子づくりでもたくらんでんのか?

 しかし、北川の寝ているベッドの左側には、
ベッドがふたつ並んでいて、しかも北川と同じ服をきている。
水色の寝間着ではないか。しかも、知らない顔がふたつ。
ふたりとも北川のほうを見つめて、驚いた顔をしているが、
驚いてるのはこっちだよと思った。

 なんだい、人ちに居候だか、わからないが、
主人が寝ているスキに入り込みやがったのか?

 それとも間男たちかい?

 といったように、北川なりに推理を働かせていると、
女房の声がした。おおきな声でなんか言って、
皿だかなんだかを床に落とした音も反響したが、
北川の女房はそのまま廊下へ走っていってしまった。
逃亡者か?
 隣の間男達も口々に感嘆符つきの言葉を漏らしている。
ちきしょう、情事が見つかったので、女房のやつ、逃げたのか。
隣の野郎どもは、それにしては図々しいやつらだな。
ご主人様を目の前にして、やけに落ち着いてやがる。

 驚きは、女房と医師、看護師達の一団とと
もに、北川にもたらされた。

 なんだって、と北川は何度も口にした。何
を聞かれても、何を言われても、なんだって?
なんだって?の連続で、自分でも何を言って
いるのかわからないほどだった。

 数日間も寝たきりだったせいで、脚がしびれていた。
歩く訓練が必要なのよね、とその優しい担当医は言った。

 女房も大丈夫、あたしも手伝うからさ、気長に直そうよ、
と涙の滲んだ眼をこすりながら、言っている。

 それにしても、あの夜のことが、
ぼんやりと記憶の古層から滲み出してくるのだ。
だが、まだ、野次へ、あの日何があったかまで伝えるまでに、
ハッキリした形になっていなかった。


 テトラ学園の屋上にたたずみながら、
綾小路聡子は遠くの山々を見つめていた。それにしても、
大根畑の殺人未遂事件について、
なぜうちの学園に聞き込みに来たのだろう。
犯人は花田、校長、教頭だということだろうか。

 聡子はあの日、レインコート姿のコロンボとかいう刑事ともうひとり、
無口で目配りが厳しそうな連れの刑事たちのことを思い出した。

 その後、校長達がいないときに、コロンボがやってきて、
校長、教頭と花田の関係について何か知っていることがないか、
あるいは花田について知っていることがないか、聞かれた。
聡子としては、花田についてもほとんど知らないし、
校長、教頭と花田の関係などよくわからないのだ。
スナック「ハナミズキ」で一緒に飲んでいるというのは、
学園の職員全員が知っていることだし.....

 ただ、何度か花田が、聡子の知らない女性と
ふたり連れでいたことを、コロンボに話した。
たまたま、熊野古道を母とふたりで歩いていた日に、
途中の茶店で休んでいたら、古道を花田と聡子の知らない女性、
しかも花田の奥さんではないし、
スナック「ハナミズキ」のママでもない、第三の女
(コロンボ警部がたしかそう、言ったっけ。
「すると第三のおんなっていうわけですな」)が
花田と一緒に歩いていった。
花田は聡子達には気づかずにとおりすぎていった。
聡子達が茶店の中にいて、その日は祝日かなにかで茶店の中も
お客でいっぱいだったせいだろう。

 また別の日は、学園の遠足で、
やはり熊野神社へ生徒の引率でいったときだ。
休憩時間中に迷子になった生徒を探しに町中を歩いていたとき、
旅館に入る二人を偶然みたのだ。
なんという倫理にもとる野獣かと、思いながら、迷子の生徒を、
遊郭の入り口で見つけ、
耳を引っ張って連れて行ったが、耳を引っ張る力を込めすぎて、
男子生徒が涙眼になっていた。

 男なんて、と聡子は思いながら、殺人未遂事件がなぜ、
テトラ学園に関連しているのか、さっぱり分からなかった。

 

 美元財団の会長、坂丘が東京を拠点としていることから、
コロンボは東京で坂丘にまとわりつく、すなわち、
コロンボの十八番である執拗な捜査を実施しようと計画していた。
 ところが、偶然なのか、坂丘のほうが、
しばらく和歌山県に滞在するということが分かった。
プロジェクトが六月からスタートするため、
和歌山に三ヶ月くらいは滞在するらしい。
 なんでも、民俗博覧会を立ち上げるということだった。
少し吃音がちな秘書の言葉による説明を聞いて、
コロンボと野次は何か幸運をつかんだような気がした。

 その前に、花田に揺さぶりをかけるべく、
テトラ学園の綾小路先生からコロンボが聞いた情報、
つまり、熊野で何度か、花田が女性とふたりでいたという
情報をもとに、何かをつかもうと思った。

 コロンボと野次の勘を働かせて、その第三の女というのは、
「ハナミズキ」のママ、吉行サキの友人ではないかとあたりをつけてみた。

 「ハナミズキ」でサキが店の支度中におじゃまして、
友達である柴山京子について聞いたみた。

「京子のこと?あの子がどうかしたの?」
「いえね、あたしの上司が鬼みたいにしつこくて細かいんですよ。
報告書にでてきた登場人物について、すべてプロフィールを書けなんてね、
今時の脚本家だってできないことをいうんですよ。
ほんと、会社辞めたくなっちまいますよ」
「お客さんでもいるよ、ネチネチして細かいやつ。
ピーナッツが何粒だからいくらでないかとか、
水割りの量がちょっと少なかったからまけろとか、
明細をいちいちチェックしないと払わないやつ。
そのくせ、月末のツケにしてるんだよ」
サキは別の文脈で興奮しているので、
コロンボはなだめるように聞いた。
「へえー、そんなお客がいるんですか、ちなみに誰です。
あたし達も知ってるヒト?」
「ここだけの話、そうよ、あの花田さんよ。ほんとねちっこいの」
「そう、そりゃ、大変だ。で、その花田さんの話がでたんで、
ついでに聞いとくと、花田さんとあなたのお友達の京子さんは、
顔をお互いに知ってたりするかな?」
「知ってるもなにも、花田さんの奥さんの従姉妹だよ、京子は」
「ほお、そうだったんですか、そう、ははあなるほどね」
コロンボはやぶにらみの顔を野次のほうへ向け、サキに気づかれないようにウィンクした。
 野次とコロンボは「ハナミズキ」を去り、収穫の大きさに満足した。

 次は花田だ。野次とコロンボは、ツキがまわってくる予感に浸っていた。

 女房の華奢な肩は、いつもより頼りがいがあった。今の北川には、トイレまで歩くのもやっとだった。感覚のほとんどない脚だが、女房にもってこさせたi-podでAちゃんの曲を聞いて、エネルギーを充電し、ベッドから初めて降り立ち、二三歩あるいてみたら、尿意を催し、女房におちっこ、とおこちゃま言葉がつい口にでてしまった。

 トイレまでの、北川にとって、長い長い廊下を一歩一歩歩く間、心の中で叫んでいた。待っててくれ野次よ!

(次回へとつづく)

ハナミズキ /一青 窈

¥200
iTunes
※モバイル非対応