第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住


お梅(よね) 南方家のお手伝い
野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医


田山花袋   小説家
佐々木喜善  岩手県遠野出身の新進作家

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。


11

 お梅にとって、買い物に出るときがいちばんほっとする。街で女性誌を立ち読みできるからだ。ガーリー系カジュアルの最新モードがどうなっているかを知りたいのだ。ウェブサイトで価格を調べたり、仕事の合間だと忙しいのでなかなか見れない。
 ご主人は夏は裸、冬は同じような着物で過ごしているが、夏はセクハラではないのか。パワハラ、セクハラの連続なのでは。わたしの名前はよねなのに。
 雑誌の立ち読みでひととおり最新モードをチェックしたら、奥様からの買い物をはじめた。南方先生は鳥の天ぷらをよく食べるので、小麦粉と油をいつも補給しなくてはならない。それが結構重いのだ。ここで働くようになってから、腕の筋肉が付いてしまい、キュートなガーリーモードだと、ほそい袖に腕がはいらなくなる可能性があり、危機感を覚えている。
 惣菜屋に寄って、漬物を見て廻った。しば漬けやなら漬けのほかに、たくあんを買おうとしたら、目新しいたくあんがあった。樽の目印にピラミッドが描かれている。店のおじさんに聞くと、最近、はいったもので、味もわるくないし、第一安いんだそうだ。たくあん代が他より安ければ、おつりをおこずかいにできるし、奥様にもやりくりがうまいとほめられるだろう。
 ピラミッド印のたくあんを多めに買って、お梅は南方家へと帰っていった。



 野次と北川こと、やじきたコンビは、大根泥棒の被害にあった畑に立っていた。ひばりの声が遠くに聞こえ、ときどき、つばめが野次たちのそばを低空飛行しながら飛び去ってゆく。
 北川はデジカメで、大根のひっこぬかれた跡を記録し、野次は、現場状況をレコーダーで録音した。
 畑には大根の葉っぱが散乱していた。足跡らしきものは、無数にあるようでないようなほど、カオスと混乱を極めていた。
 手がかりをさがすんだ。野次はホームズ先生のやりかたに則り、まず、虫眼鏡で大根の入っていたであろう穴の周囲から、散乱した葉っぱのひとすじ、ひとすじを子細に観察し始めた。
 北公(野次は北川をそう呼ぶ)は、野次をほっといてスマートフォンでなにやらしている。奴はいつも撮影が終わると、何もしやしない。野次は北公に、聞き込みにゆくよう指示した。了解、ヨロシクどうぞ、と言い残し、口笛をふきながら北公は、被害にあった農家のある方角へ向かっていった。
 背中にある、弁慶ならぬ七つ道具のはいったデイバックから、スケッチブックと地図とメジャーを取り出した。メジャーで大根の埋まっていた穴の半径をはかり、スケッチブックに丸い円を描き、半径の寸法を書き込んだ。それから、穴の深さを測ってから書き込んだ。そして、畑全体の概形から、畑のある山の概形、農道をつぎつぎと書き込んでいった。
 地図を広げ、現在地の等高線を確かめ、それもスケッチブックに書き込んだ。こうした地道な捜査から、大きな手がかりが見つかるものなのさ。
 まあ、今回、大根でなく鶏か豚だったら、北公の知識が役立つのだったがな。野菜では獣医の知識はなにも役立たない。

 野次と北公は、被害にあった農家の軒下にある縁側で、お茶に呼ばれていた。なかなか雛にはまれな美人奥方がニコニコしている傍らで、軍人だったら陸軍の歩兵が似合いそうなほどごつく、頑丈そうな主人が、大根一本の値段がどうで、今年はでも、ミカンのできが期待できるので、どうだとかいう話を、三十分以上も、繰り返し聞かされていた。その間、美人妻は、お茶を注いだり、いも天やおかきをすすめたりするだけで、ニコニコして、夫の話にうなづいているだけだった。夫のほうは、おおきな身体で、唾液が飛ぶほど、大きな声と鼻息で、野次と北公に、説教でもするように、大根を盗んだやつら、はりつけにすればいいんだとか、インスタンブールのほうでは、泥棒の手首切っちゃうらしいよ、とかほんとかうそか、わからない話を交え、野次・北公がまるで犯人かのように、にらみつけたり、座布団をなぐったりしながら話続けるのだった。
 ようやくしゃべり疲れたのか、旦那が美人妻の差し出した茶碗からお茶を飲んだときをみはからい、野次は質問した。
「ところで、最近、近辺であやしい輩とかみませんでした。泥棒にあった数日前とか、それと泥棒にあった後でも」
 旦那は美人妻のほうを見たが、美人妻はニコニコして首を振った。
「そうね、うちのやつはみてないみたいよ。オレは、実はちょっと、家あけててね。新地によばれてたのよ、同窓会に。なあ、そうだよな」と旦那は美人妻のほうへ同意を求めると、美人妻の顔が一瞬、怖い顔つきになり、「ええ、そうよ、同窓会だったわね」と剣呑な返事を返した。「おまえ、あれはさあ」と言ってから、旦那は美人妻の眼光の鋭さにひるみ、言葉を飲み込んだ。野次と北公も、怪談をみたような寒気を背筋に感じ、手がかりなしと思い、ちょうどお後もよろしいようでと、そそくさと退散した。

 捜査一日め、手がかりなし。野次・北公は宿に戻ることにした。山は日暮れが早かった。


12

 田山先輩は、柳田が訪問すると、よく来た、よく来た、さああがれと客間にとおした。奥さんと子供は実家へ出かけていて、留守だという。ちょうどよいときに、宅配でさっき、洋物のアダルトが届いてね、どうだね一緒にみないかね。黒人の巨大コックとかブロンド美女のあえぎ方なんか動物みたいだぜと、よだれをふきながら、DVDプレイヤーの準備をしそうだったので、柳田はあわててとめて、「いえ、自分は官の人間ですから、さような禁制品の鑑賞はできないんです。申し訳ありません。いちおう、田山大先輩ですので、わたくし柳田の胸の内にしまって、その筋には内緒にしておきます」と説得をこころみた。田山先輩はそれでも、まあ、固いことをいうなよ、硬いのはあそこだけにしてだね...
 再三再四のなだめにより、田山先輩はようやくあきらめ、ブスっとした顔でタバコをふかすと、で今日はどうしたの、あ、かってにお茶やってよ、家内留守だから。と人格が変わったかのような田山であった。小説の締め切りもあるから、手短にね。と、取り付く島もない。
 柳田はひるむことなく、というより、場の空気とか、人情の機微を感じるのが苦手で(だからこそお化けにこころ惹かれるのだが)話を切り出した。

 田山から旅芸人一座のつてを聞くと、柳田は自分の計画を練り始めた。性格上、綿密な計画を練らずには何もしないのだった。

 まずは、遠野の佐々木君に電話してみるか。たしか、この間、病気で帰郷したのだが、だいぶ立つから自宅療養中だったかな。
 柳田が佐々木宅へ電話すると、本人がいた。「遠野物語」の売れ行きはどうですかとか、今、座敷わらしの話をあつめているところだとか、佐々木君は嬉しそうに、しかし、ややカスレ声で電話口で話すのだった。
 柳田が慇懃に聞き流してやると、ようやく、佐々木君は用件はなんだと気が付いてくれた。
「君、早稲田で小説書いているとき、結構、モダンな演劇連中とも知り合いだったよね」
「ええっと、はい、そうですね。きれいな女優の卵もいましたけど」
「女優はこのさい置いておいてだね。その劇団の連中にアポとりたいと思ってね」
「ええ!もしかして、遠野物語の映画化ですか」
「君、君。ぼくは映画にあまり興味がないことを知っているだろう。官の人間なんでね。ドハデなことはできないのだよ。そうではなくね、実はほら、山に住む、山人の調査をしていてね。その実地調査の一環としてだ、実験をしたいのだよ。実験を」
「はあ、その山人の実験を」
「うん、まあ、くわしいことはぼくのブログをよんでくれたまえ...」
 柳田は、佐々木君から劇団の団長やメンバーの連絡先、溜まり場、打ち上げをやるなじみの酒場などを聞き出し、ひとつひとつ、準備を進めるのだった。

 ようやく計画が頭の中で形になり、MacBook Airの電源を入れると、柳田は茶をすするのだった。



(つづく)