第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住


喜多幅(きたはば)武三郎  産婦人科医、熊楠の幼友達

柊源蔵(ひいらぎげんぞう)富山の薬売り 柳田家にも出入りしている

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。

7

 桶で手を洗っていると、その屋の主人にお茶の用意ができたと告げられ、喜多幅は妊婦に挨拶して別の間へ入った。庭に面した客間に入ると、きんつばの載った皿と湯のみが卓の上にあった。
「順調ですよ、このままゆけば、今月末頃に予定どおり生まれるでしょう」
 喜多幅が茶をすすりながら診断を告げると、主人は安心した顔になった。
 最近の明治政府のことや神社合祀のことなど、世情話をした後、話がとぎれ、ふと主人が神妙な顔をした。
「最近はまた治安が悪くなったのですかねぇ。いえね、私の従兄弟が隣の郡で、農家をやってるんですよ。わりに手広くやってるんですが、この間、そう、先週のことですな、私の祖父の十回忌の法要で会いましてね、こぼしてましたよ。山すその斜面で大根が大量に盗まれたらしいんで。それが、五十本くらいだそうですよ。一、二本くらいならたまにあるらしいですが、五十本ではねぇ、はじめてだそうですよ、そんなのは」
「そりゃお気の毒なことで。で犯人のほうは、何かわかったんですかね」
「まだ、何もわからないらしいですよ。官憲も今は忙しいみたいですね、いろいろと」

 その日の往診がすべて終わり、喜多幅はのどの渇きを覚え、というより、一杯やりたくなり、それはいつものことで、いつものとおり、「田辺庵」へ自転車を乗り入れた。
 「田辺庵」では、熊楠をはじめ、常連が奥座敷ですでにほろ酔い加減だった。
「おう、タケあん、このスケベ医者が、今日は何人女性(にょしょう)の股間をさわったんじゃい」
「何ゆうとるか、クマあんよ、仕事じゃぞ、仕事」
一同はどっと笑い、喜多幅はビールをあおった。

 お茶漬けをやりながら、喜多幅は大根泥棒の話を思い出し、そこにいる連中に話してやった。
「治安が悪うなったんか、集団泥棒がでてきたんかのう」
ひとりひとりの顔をみながら、喜多幅は感想はないか聞いてみたくなった。
勝四郎は「大根なんか盗って、どないするんでしょうね」といいながら、粕漬けをばりばりやり、お銚子から残りの酒を自分の口にたらした。
「大根泥棒より、ぼく、AKB48のほうがええですよ。再来週、握手会ですよ、いよいよ」
熊五郎は身体をシャウトしながら、満面に笑みを浮かべ、勝四郎とさ来週の計画について話始めた。
 熊楠をみると、腕組みをして、何か考え込んでいる様子だ。
「熊あん、なんやどないしたんや」
熊楠は返事もせず立ち上がると、「ぼく、今日はかえる」と言い残し、「田辺庵」をさっさと出てしまった。
 喜多幅は他の連中と顔を見合わせ、お互い首をふるのだった。

8

携帯メールの着信を知らせるランプが点滅していた。柊源蔵は、起きてはみたものの、身体がまだだるいので、布団の上に横になったまま、薄暗い部屋の中で、ぼうっとしていたのだ。
 メールは、同僚のヨシゾウからだった。

「From:yosichan608@yafou.ne.jp
Date:1911-May-6  9:30
Title:ゲンゾウさん起きてます?

ゲンゾウさん

おはようございます、ヨシゾウで~す。

昨日、柳田センセ、ガッカリしてましたよ。
N県の話っていってましたけど、何の話ですか。

おんなの話だったら、こんどぼくにも教えてくださ~い。
さいきん、「ヒマワリ」のユウコリンが冷たくて、冷たくて。
誕生日の日にち、一日間違えちまって(笑)

じゃあ、お疲れでした。

ああそうそう、柳田センセんちには、胃薬5服、浣腸5回分を補給しときましたよ。」

 雨戸を開けると、眼の奥が軽く痛むような日差しだった。今日も、いい天気だと思いながら、源蔵は、井戸端までゆき、顔を洗った。喉も渇いていたので、井戸の冷たい水をがぶがぶと飲むと、水が跳ねたり、したったせいか、胸元とモモしきまで水のしみができて、気持ち悪くなってしまった。
 一昨日の夜、柳田センセからもらった調査費用で、ついつい、小料理屋「ハナミズキ」で飲みすぎてしまった。半分くらい調査費用を使い、キャバクラへはしごして、女の子のトモちゃんとアフターで寿司屋へ入り、冷酒を五本も飲んじまったよ。まったくなぁ。気が付いたら、家で寝ていたが、どうやって、帰ったか記憶になかった。トモちゃんはどうしたんだ?
 メールを確かめると、未読メールにトモちゃんからのメールがあった。
「お寿司ごちそうさま~、ゲンちゃん眠そうだったから、人力車呼んであげたよ。じゃあね、また、おやすみなさ~い (^ o ^)/」

 虎の子の箪笥預金から交通費を出して、N県へ調査しにゆくしかないな。源蔵は薬の入った箱の準備と台帳を風呂敷に包みながら、今日の計画を練った。リカバリだよ、リカバリと独り言がでているのに気づき、歳をとると、独り言が多くなるものだと思った。トマトを二個かぶりながら、薬箱を担いで、家を出た。

「宅の主人たら、最近、ぜんぜん元気がないんですのよ。イモリの黒焼きとか試そうかしらって言ったら、どうです。仕事で疲れているからそっとしといてくれって」
「いやー、奥さん、そいつは気をつけないと。まあ、お宅様のご主人はそんなことないと思いますがね、近頃、風俗店が、不況のせいか、客の呼び込みとか誘いが多いようですよ。
まあ、そんなことはないと思いますけど、たまに、ご主人のメールのチェックなんかしといたほうがいいですよ」
「まぁ、そうかしら、そんなこともあるかしら」
「ええ、ありますとも、奥さんみたな美しい人をほっとく男の気が知れませんよ」
ひととおり脈略のない話や世間話をしながら、源蔵は、農家や勤め人の家々を廻って、大根泥棒の情報を集めるのだった。
 集めた情報によると、ここ数日は大根泥棒はでなくなったということ。犯人はまだわからないということ。村役場で聞いてみたが、まだ、自警団が犯人を捕らえていないとのことだった。

 まあ、こんなもんだろうと思いながら、源蔵は東京へ向かう最終夜汽車へ乗り込むのだった。

(つづく)