第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。

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 湯気が立ちのぼり、桶の音が反響する。
お湯を流す音が、霧のような空間で静けさを生み出す。

「ほう、そうかね。山には猪とか、鹿などおるが、そのほかにも、めずらしい生き物もいるのかね」
「そりゃもう、おりますとも。那智の奥にはね、センセ、まだまだ知られてないものがおるんですよ」

 銭湯の湯船の中で、近在の炭焼きのじいさんや下山した猟師たちと話をするのが、熊楠の楽しみのひとつだった。

「ところで、山に住んどるやつらってのは、どうかね。大昔から、山に住んでる人間っておるかね」
「あたしら炭焼きみたいなもんのことですかい」
「いや、そうではなく、山で生まれて、山で育った野人みたいなもののことだよ」
「はぁ、そんなん見たことないですな。猿公しかおらんですよ。人間に似てますからな、おおかた見間違いでしょ」
「そうだよね、いないよね、そんなんいたら大変だよね」
「そうですとも、センセ、そんなんおったらあたしら、怖くて、炭焼き小屋なんかにいけませんもん」
「そうだよね、怖いよね、そんなんおったらぼくも那智へ粘菌さがしにゆけんもんね」
「へえー、年金が那智の山で見つかるんですか。いやー、センセ、こんど詳しく教えてくださいよ。ウチのカミサンがね、そろそろ、年金のことも考えなくちゃなんていってるもんですからね」

 風呂からあがり、いつもの寄り道にある居酒屋「田辺庵」に熊楠が入ると、奥の座敷にいつもの連中がいて、盛り上がっていた。

 喜多から、しもネタをせがまれ、熊楠は「千人切り」の話をしてやると、みな歓声をあげて、真剣な顔をして、聞き入った。
 

 熊楠は、山男がいないと確信すると、安心してビールののど越しを楽しんだ。メールで柳田君に、山男の話を伝えておこう。

 那智の夕暮れどきに、笑い声がいっそう大きく響くのだった。


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From:kunio-yanagida48@cocomo.ne.jp
Time:1911-Apr-30 15:10
Sub: Re:Re:山男のことについて

南方先生

お元気ですか、柳田でございます。

すっかり、春も深まり、そろそろ初夏の気配です。(でもその後は、また梅雨ですけど)

さて、前回は、長いメールありがとうございました。
(読むのも大変でしたが、とても勉強になりました。さすが、先生は博識でいらっしゃいますね。敬服しております。)

たとえば、つぎの話などがそうでした:
>「北越奇談」に山男の話、あるよ。
> 井上円了「妖怪学講義」にもちょっと、載ってるよ。
>「山精」というのが何だか、わからんけど、仏教に関連しとるかも。
>「和漢三才図会」には、九州の山ワロいうんが、載っているよ!
>ここ、熊野にはカシャンボいうんがおって、幼児みたいらしいで。
>山ワロいうんは、そうそう、「西遊記」にもあるねぇ。
>その他、山オジ、山女郎、山婆、一本ダタラなどいうのんも、おるでよ。

話は別になりますが、先生からのご質問:
>七難のそそ毛いうのんが、近江とか大和の神社仏閣にあるっていうけど、
>聞いたことある?これって、女のアンダーヘアのことやろ?
>かなり長いらしいで。知っとたらでいいんで、ぜひ、教えてね。
>ほんと、ついででいいんで、でも、ぜひ。(^ ^)
→こちらに関しましては、現在、確認しておりますので、
 わかり次第、お知らせいたします。

山男についてご教示いただきたいことはつぎの2点です:
1 山の食料というのは尽きることはないのでしょうか?
  とくに、貯蔵しなくても、いつでも手に入る食料が
  山奥にはあるのでしょうか?
2 ヒヒというのは、あのオーヤンフィフィのことではなく、妖怪なのでしょうか。「本草」に記載されているだけで正体がハッキリしませんが、実際には、どんな生物なのでしょうか?

最後になりますが、先生のお手元には、「考古学雑誌」がないとお聞きしております。
この機会にぜひ、ご入会をお勧めします。
特別割引にて、入会特典もご用意させていただいてます。
今なら、僭越ながら、わたくしこと柳田のサイン入り著書「遠野物語」と「石神問答」をおつけします。

それでは、お元気にお過ごしください。

PS
最近、T県の近隣で、山男の仕業ではないか、という事件が起きました。現在、詳細を確認中ですが、わかり次第、ご連絡いたします。

(つづく)


参考資料


南方熊楠についてもっと知りたい:
素顔の南方熊楠 (朝日文庫)/谷川 健一

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柳田國男の「遠野物語」:
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ふたりの書簡集(絶版のようなので、図書館でも):
柳田国男・南方熊楠往復書簡集〈上〉 (平凡社ライブラリー)/柳田 国男

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