ヘンリー・ミラーの「南回帰線」については、今回で最終回となる。

また、気が向いたら、違う視点でヘンリー・ミラー論を書くかもしれないが....
(そのときには、「北回帰線」と「南回帰線」を合わせて考えてみたい。
 そして、晩年の三部作「セクサス」「プレクサス」「ネクサス」も合わせて。
 所詮、書きながら考えるわけだが、ドゥルーズも自作については、いつも、小説風とか
サイエンスティック・フィクションだといっていて、私も自分の書くものは、
すべてフィクションだと思っている。
ついでに、いえば、庄司薫「狼なんか怖くない」にもあるように、
「いつの頃からか、ぼくは、自分がまじめに「ほんとうのこと」を書こうとして
いたりするのに気づくと、そんな自分をおおいに警戒することにしてきた」)


前回は、「南回帰線」での性について考え始めた。

ちなみに、ミラーの「北回帰線」と「南回帰線」は、実は米国では
長らく発禁本だったという事実があり、1961年にようやく解禁された。
初版本はすべて、パリから出版され、約30年後に米国でも輸入解禁と
なったのだ。

そうなったのは、やはり、性描写が問題視されたわけだ。

日本が未だに、修正された性描写の映像や画像以外は発禁している
状況は、ミラーの本が解禁になってから、すでに50年以上も
経っているというのに...

「死とはむしろ、われわれが公園を歩いているときの状態に近いものだろう。
ふたりの人間が、立ち木や茂みにみをこすられながら霧のなかを並んで歩き、
言葉は一言も交わさない状態。死はその名称のもつイメージよりも空虚で
あり、それでいて公正で、平和で、さらに言うなら威厳すらそなえたもの
だろう。それは生の切断であり、たとえチリとしてでも、戻ってくる可能性
のない、暗闇への跳躍なのだ。だからこそ正当であり美しいのだ、
とぼくは心のなかでつぶやいた。」(①から引用)

このくだりは、友人のクロンスキーの妻が手術中に亡くなり、
作中人物であるミラーが、イヴォルギン将軍の話をしたときに
大笑いを始めたりした後、クロンスキーと分かれた後で、作中人物が思ったことだ。
その前に、エジプトからきたユダヤ人の女と性交中に、
クロンスキーが部屋に訪ねてきたというエピソードがある。
(※イヴォルギン将軍とは、ドストエフスキーの「白痴」に登場する)
 
ブロードウェイを歩くミラーはこんなことを考える:
「南はバッテリー公園から、途中、虫だらけの不毛なマンハッタン島
中心部をはしり、北はゴルフ場にまで広がる、女の股のあいだの
ワレメそっくりの亀裂が生じたのだ。
聖トマス・アキナスが生涯の大傑作に入れ忘れたものぜんぶが、
タイムズ・スクウェアから五十丁目までのあいだに
詰め込まれている---たとえば、
ハンバーガーサンドウィッチ、カラーボタン、プードル犬、
スロットマシーン、灰色の山高帽、タイプライターのリボン、
マニキュア用オレンジ棒、無料公衆トイレ、
生理用ナプキン、ハッカ入りナツメキャンディー、
ビリヤードの玉」(①より引用)などなど。

「ポケットに店のダンサーと踊れるチケットが千百枚もあり、
外にロールスロイスを待たせているような身分であれば、
年齢、性別、人種、宗教、国籍、生まれや育ちなど
おかまいなく、片っぱしからだれとでもセックスして、
それこそ身も心もとろけるような快楽にうつつを抜かす
こともできるだろう。
ところが、ぼくがこんな人間で、世の中がこんな世の中で
あるかぎり、ぼくのような男には何の救いもない。
世界は三つの部分で成り立っており、最初のふたつが
ミートボールとスパゲッティーで、
あとのひとつは巨大な梅毒性下疳にほかならない。」(①から)

「絶望と幻滅を通りこしてしまえば、
事態はかならずやそれ以上に悪くなりようがないし、
それに倦怠という報酬がちゃんと待ってくれている。
きらびやかな歓楽の真っただ中にいるほど、
わびしくむなしいものはない。
それは機械時代の機械製の目によってとらえられ、
暗箱のなかで膿んでいく生命であり、
酸につけられ無の瞬間的映像を生み出すネガ・フィルム
のようなものでしかない。」(①から)

性を禅のようなものに変換するトポス、
それがヘンリー・ミラーの手法なのだろうか?

「彼女は救いを求めて両脚をひろげ、
オルガスムのたびに苦悶のうめき声をあげる。
まわりの壁が崩れ落ちる音が聞こえる、
壁はバラバラとぼくらの上に落ちかかり、
家は炎につつまれて燃えあがる。」(①より)
「ぼくらは墓と愛の子宮のなかに
閉じこめられ、ぼくらの内臓は夜の闇に
つつまれる。」(①より)

性の描写について、あるいは、性を表現する方法、手法について、
実は形而上的なものが、今まであまりなかったのではないだろうか。

新しい視点としては、高橋源一郎「あ・だ・る・と」がクールだ。

映像では、性は、たいてい、主題ではない。
また、AVやかつてのポルノ映像は、主題なのだろうか。
いったい、何を表現しているのか、といえば、実際には
エロス的なものになっているのか、あるいは、
官能の奴隷プロセスになってしまう。

ニーチェは、「官能の奴隷」にならない自由な生き方を
説いていたが、実際には、ミラーこそ、その手法を使って
表現しているのでは、ないだろうか。

禅的な性、あるいは、性の形而上的なもの。

いつか書くだろう、ミラー論の主題は、まさにそこにある。







参考・引用元
①ヘンリー・ミラー「南回帰線」松田憲次郎(水声社)
②ヘンリー・ミラー「南回帰線」河野一郎訳(講談社文芸文庫)


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