妖怪の論理学 第一回

第一部 山人って何?

1
「いまどうしてる?」
「@kumagusu
 今日はまだ、収穫なしや。春爛漫。
 宿についたら、酒や、酒や。今夜は芸者呼ぼう!
 モモちゃんは別嬪やなぁ。(^ ^)」

 ヤマブキの花びらからハナアブが一匹飛びたち、別の花びらへと移る。
熊楠は、ツイートしながら歩いていた。上をみると、木の枝から細い髪の毛状のものが何本か垂れ下がっていた。
「おい、山姥がおるぞ!」
後ろを振り返ると、シャウトしながら勝四郎と熊五郎が放心状態になって歩いていて、熊楠の声など耳に入らない様子だ。あいつら最近、AKB48にはまってたな。またか、しょうもない。
 熊楠は勝四郎に近づくと、耳からイヤーフォンを抜き取り、「あれだあれ、山姥の髪の毛とっといてね」と言った。勝四郎はとろんとしたまなざしで、熊楠の指差す方向を見て、近づいてきた熊五郎の耳からイヤーフォンを抜き取り、熊楠と同じように頭上を指差した。
 採集するために、立ち止まったふたりを残し、熊楠は樹林の根元を覗いた。山男なんぞ、ほんとにおるんかいな。まったく、柳田君のおかけで、最近、山道を安心して歩けんよ。 木の根元の草ムラには、小さい花々が咲き、無数のハナアブが飛んでいるだけで、人間の足跡らしきものはなかった。

 日も暮れて、麓へ降りると、酒がほしくなり、宿へと急いだ。後ろのふたりはあいかわらずシャウトしながら、熊楠の後を付いくる。まあ、一日中同じもの聴いとるのに、ようもあきんなぁ。おしろいの香りのほうがええのになぁ。熊楠は股間に熱いものを感じると、足が早まった。

 風呂からあがり、大広間で用意された膳を前にして、三人で、芸者たちがくるのを待っていた。
「君達、AKB48は、そんなにいいのかい」
「ええ、ごっつええですよー、センセ。こんどぼくら、東京に握手会ゆこう思うてるんですよ。この、熊五郎のやつなんか、CD20枚も買いよったんですよ」
「まさか、おんなじCDをかい?」
「えへへへ」と熊五郎は手で頭をかきながら、照れ笑いを浮かべている。
アホか。あきれたが、口にはださず、ビールをあおったら、芸者たちが入ってきた。

 座敷の中央で、上半身裸の勝四郎とふんどし一丁になった熊五郎のふたりが、すそをたくしあげて、赤い腰巻がのぞくひとりの芸者と、三人で手をつなぎ、輪になって、ぐるぐると、メリーゴーランドのように回転していた。三味線の演奏にのって、都都逸の師匠が、AKB48の「ヘビーローテーション」を奏でていた。
 そんな奇怪な雰囲気の中、隣で酌をする芸者、桃太郎こと、モモちゃんの横顔を見ながら、熊楠はそれにしてもモモは別嬪やと思っていた。湯上りの石鹸の香りが、モモちゃんの襟元や着物の袂から漂ってくるのだった。
「千人切りの話、知ってる。千人のおんなをものにした男の話や」
「センセ、柳田センセとお知り合いなんですって」桃太郎は流し目で酌をしながら、甘えた声で聞いてくる。
「ふん、あいつ、柳田君はね、最近、天狗になってるかもしれないよ。ぼくにメールを送ってきてね、山男のことを聞いてくるんだよ。おかげで、怖くて怖くて、研究材料の採集も落ち着いてでけんのよねぇ」
「あらセンセ、柳田センセのサイン入り『遠野物語』もらってきてくださいな。県知事さんのおいごさんがね、柳田センセのファンなんですって。本あげたら、京都旅行連れってくれるって、いうてんの。ねぇ。センセ、いいでしょ、ねぇ。もう少しで、いいとこまでゆけそうなのよ」
「け、あんなぼんぼん、どこがええのや」
熊楠が酒をあおると、モモちゃんは、酒のお代わりを頼みに廊下へでた。
「いまどうしてるの?
 @kumagusu
春は宵。酔いも回り、芸者の腰巻も廻り、赤いヘビーローテーション!
 柳田君は人気急上昇中!」

 春の宴は続き、座敷には「ポニーテールとシュシュ」の唄が響いていた。
 モモはまだ戻らない?
いつしか、熊楠も、勝四郎たちの輪に加わり、ぐるぐると廻るのだった。


2
キーボードを叩き終えると、柳田は、ブログに投稿する新着記事を読み直した。

<<やっぱり、山男はいたんだ!>>

みなさん、こんにちは。
「遠野物語」で売り出し中のクニちゃんで~す。

 さて、日本の山には、むかしから、別の人類がいたということをご存知でしょうか。
え、そんなのはじめて聞いた?って。
そうです、だれにも初めてのことはあります。
でも、今回、お伝えするのは、ほんとうのお話です。

 まず、「本草」に載っている「ヒヒ」とは何でしょうか?
 大きさは、熊くらいで、二足歩行し、全身毛で覆われているらしい、ある生き物のことです。 
じつは、よくわからない生き物なのですが、山にすんでいるもの、でも誰かがみかけたので、記録にのこっているのです。
 江戸時代の動植物百科事典といわれる「本草」にも載っているのですから。
わたくしの見解では、ヒヒは山に生息する人、つまり、山男と呼ばれる、先住民の
ことではないかと思います。(現在、あの南方熊楠先生に確認中です。)

 驚くべきことに、山には今でも「ヒヒ」が生きき続けているといったら、どう思いますか?
 つい最近のことですが、わたくしの家に、月に一度は寄ってくれる富山の薬売りのご老人から、ある話を聞いたのです。
 
それはこんな話でした。
(ここに、ご老人の独白形式で再現しておきます)
「つい二、三んち前のことですがね、あたしゃ、地元の町から、そう、三駅くらい離れた村にも薬置きにいってるんですがね。そこの村長さんの家で聞いた話でね、おかしな話があるんですよ。
 五軒の農家で、こんなことがおこったそうですよ。
 それがね、朝、大根畑とキャベツ畑にいったら、百個くらいずつ盗まれてたそうなんですわ。
それも五軒ともやられたらしく、さっそく村役場で会議開いて、どっかの他所ものがやったんでないかとね。みなでいうわけですって。まあ、どう考えたって、同じ村のもんはそんなことはしないし、となりの村のもんがきて、いまどき、そんなことはしないってゆうんですよ。
 だから、どっかよそもんの馬鹿共が来てやったんでないかってね。ほら、盗んで売るっていうビジネスですよ。ただ、野菜だから、すぐ売らないとだめだし、あんま儲からんしねぇって。みな、首かしげたそうです。
 でも、最近、そんな大勢のよそから来たものを見かけたひとはいなかったそうですよ。
 寺とか神社にもおらんようですしね。
 それでね、じゃあ、自警団をつくってね、交代で見張ろうってことになったそうです。
 こんだあ、来週またその村通りますから、センセにどうなってるかお伝えしますよ。
 え?、ぜひ、聞きたいですか。大丈夫ですって、え?、調査費、いやいや、いけませんよ。センセ、そんな、え?、いいんですか、こんなにいただいて、え?、もっと早くに行ってみてはどうかって?、はあ、ああ、お足代ってことで、はあ、いやあ、ええ、いいんですかこんなに。え?いやー、じゃあ、ちょっと。あさってくらいに行ってみますか、ええ、あしたはどうせ地元へもどるついでがあったんですよ、ええ、地元の飲み屋の女将がね、これがまたイイをんなでね、いや、あたしゃつれをなくしてから寂しくてね、これがまた、イイィ~をんなでねぇ...え?ああ、写真もメールで、ええ、ええ、わかりました、わかりました、ああ、捕まった犯人の写真ですね、ええ、ええ...」

 さて、みなさんは、どう思われますか?
 
 この集団大根、キャベツ泥棒の犯人はだれでしょうか?

 わたくしこと、クニちゃんは、こう思ったのです。

 やっぱり山男はいたんだ!

 犯人は山男、つまり、山にむかしからすんでいる人達だ、と。

 次回の記事では、薬売りのご老人からのインタビュー結果を、乞うご期待ください。
わたくしの見解どおりの展開と、驚きべき事実、そして、ご老人の写メールを、あわせてご期待ください。
 日本の学界に衝撃が走ることでしょう。
 山人の姿が公開されるのではないでしょうか。


柳田は、茶を啜りながら、投稿ボタンをクリックした。


(つづく)