とっても久しぶりの更新です。
今見たら、3ヶ月以上更新していませんでしたね
ブログをお休みしていた冬の間は、できるだけ動きたくない、
活動したくない、「引きこもり状態」に入っていました。
まだここ北海道では冬真っ盛りながらも
少しずつ日が長くなってきて、
春の気配を感じることが増えてくるに連れて
陰から陽へ。
静から動へ。
動きたくなるエネルギーが、少しずつ湧いてきたこの頃ですが。
この冬の間中、ある身体症状で悩んでいました。
2ヶ月半ほど前から、突然顔に赤い湿疹のようなものが出始めて、
なんだろう?そのうち良くなるかな、と思っていたらちっとも良くならず、
色々試しても良くなる気配がないどころか少しずつ悪化して。
鏡を見る度に憂鬱になるようになってしまいました。
皮膚科で見てもらったり、スキンケアや洗顔法をあれこれと試したり、
ビタミン剤をとったり。
外側からのアプローチを色々と試しても、
全然変化がないので、
これは何か内側にあるものが関係しているのではないか、
と思って内側を見ていくと、
深い気づきがあったので、今日はそのシェアです。
*
私は今の症状を、状態を、受け入れられていない。
こんな顔の自分は嫌だと激しく感じてる。
肌が綺麗で美しい見た目だった自分が好きだったのに、そうじゃなくなってしまった自分が好きじゃない。
鏡で自分の顔を見るのがとても好きだった。
いつも鏡を見る度、幸せな気分になっていたのに、全く逆になってしまった。
鏡を見たくない。
鏡の中の自分を見たくない。
好きじゃない自分がいるから。
好きだった自分が、いなくなってしまった。
悲しい。悲しい。
好きだった私が、いなくなってしまった。
悲しくて悲しくて、たくさん泣けてきた。
「肌が綺麗で美しい顔をした私」
は、私のアイデンティティーだった。
これこそが私。私の価値。と感じていたもの。
(これが私の本体ではない、というのを知っている私も今はいる。)
このアイデンティティーはいつ育ったんだろう?と振り返って思い出したのが、中学生時代の記憶。
*
中学校2年生のはじめ、3年間の海外生活を終えて日本に帰国して、進学校に転入しました。
地元で一番の進学校で、成績優秀な生徒ばかりがいる中学校。
海外生活で日本の勉強にすごく遅れを取っていた私は、
転入に当たって受けた試験のひどい成績を前に、副校長先生から、
「このままでは成績は1か2ですね。進学も、〇〇高校くらいしか行けないでしょう。」
と、厳しい表情で言われたこと。
その時の母の落胆した顔。
緊張した空気。
「これは大変なことなんだ。」
と感じた記憶。その時の張り詰めた重たさを、鮮明に覚えてる。
(ちなみに、そんな成績だったのに入学できたのは、帰国子女枠、というものがあったから。
本来の成績だったら入れるはずのなかった学校に、帰国子女という特権で入ることができたのでした。)
その中でスタートした、中学校生活。
成績に関する劣等感を強烈に感じながら、まもなくある事が起きはじめました。
「外見を褒められて、ちやほやされる」
ことが始まったんです。
「帰国子女で、英語ができる可愛い子」
として、皆んなの注目の的になりました。
上級生がわざわざ見に来たりして、
今思うとちょっとしたスターになったかのような感覚だったんだと思います。
その時は自覚はなかったけれど、今振り返ると、
「見た目が綺麗で英語ができること」
によって、私は自分の価値をやっと感じることができた。
綺麗でいて、英語ができることが、その頃の私を支えてた。
それがなかったら、価値のない私しか残らないと感じていたから。
・・・この頃のことを思い出したら、痛々しくて涙があふれた。
「綺麗でいること」
は、私をずっと支えてくれていたんだね。
これがないと、あなたには価値がない、駄目な人間だって思えていたんだね。
だからそのアイデンティティーを守ることに必死で、これまで来たんだね。
*
今このタイミングで、顔がこうなっていること。
もうこの偽のアイデンティティーを、マスクを、手放していい時が来ているから。
「見た目が綺麗だから価値のある私。
見た目が綺麗じゃなければ価値がない私。」
なんじゃなくて。
私の価値は、美しさは、私の内側に。中心に。肚に。真実に。
あるんだって、今の私は知っている。
そこに私がしっかりと立って、そこから生きる時。自分を表現する時。
私の価値が、美しさが、外に伝わり、表れるんだって。
私は知ってる。
「ほんとうの自分」を知りたくなって、自分の中の真実に出会う旅を進めてきて、
ここまで来た今だからこそ。
今このことが起きているんだって、思える。