仲良しのルール<トラックバックステーション> | は っ ぱ っ ぱ

仲良しのルール<トラックバックステーション>

こんにちは。

なんとなくトラックバックステーション。

お題は<仲良し家族?バラバラ家族?>


ぶっちゃけ、こういうテーマ好きじゃない。


小学校とかで 母の日や父の日に合わせて作文を書かせたり、授業参観で家族について書かせる作文。

ああいうのキライ。

子供が親のこと書けば、大体いいハナシになるじゃん。先生が楽してるんだろうなあ、と思ってた。

授業参観のときに、オシャレして、いつもよりまともなフリをする先生の態度と同じくらい、うさんくさいなあ、とずっと思ってた。


父を亡くしてから、とかじゃなくて、ほんと小学生の頃から思ってた。


くだらねえなあ、と思いながらも、表向き優等生で作文上手な私は、しっかり大人受けのする作文書いてましたけど。ああ、かわいくない子供だわ、私。


で、家族。


私が生まれてからのこと、我家を家族と言うならば、構成部員は父と母と私。

たまに、鳥とか、カブトムシとか、ケガして迷い込んだスズメとか。


祖父母は4分の3が生まれる前に亡くなっていたのでほとんど知りません。

親戚は、この場合、『家族』ではないんですよね。


父を亡くしてからは、母とふたり。

いや、私の精神世界では、自分がもうひとりいたようなカンジもする。

15から18くらいまでは、ダークサイドなので。


そのあと、シマリスのドリーが加わる。ベリープリチー。


仲良し家族、でもないし、仲良し親子、でもないような。

友達関係のような親子って、正直気持ち悪い。(ゴメンナサイ)


外から見ると、私と母は、充分友達のような仲良し親子かもしれませんが。


実際、母は親としての威厳を示さなければ、という意気込みが感じられるし、私もそういう母の親としてのプライドをなるべく傷つけまい、母の前ではなるべく素直な子供でいよう、と心がけております。


私と母がケンカするとき、というのは、上記のルールが破られたとき。

母の親としての存在を否定するようなことを、私がしたとき。


母の意見=親の意見

→それを否定する私の意見


社会的には同等の立場なので否定したり議論をするのは当然ですが

この場合は


子供が親の意見を否定する


ということになり、ケンカ。


親は子供の心配をするもの

→私はもう子供じゃない


あと大体ここらへんからケンカになるんですよね。


年齢でいったらもう26になるんだから、子供じゃない、いい年こいたオトナなわけですが。


母にとったら、子供なんです。


社会的にオトナでも、存在として子供なんです。

そして母は存在として、親であり、どうあがいても私はあの人のお腹から生まれたのです。


その、存在を否定してはいけないんですよね。


ん?書いていてこんがらがってきたけど

結局、社会性を家庭内に持ち込まないこと、それが家族の仲良しの秘訣なんじゃないかしら。

あと、それぞれの自分の立場で自分の存在を決めること、それが社会で生活していく基本的なルール?


たとえば、会社でエライ人でも、電車の中ではただの乗客。

親子で仕事場が同じなら、家庭では父でも、会社では上司、とか。


公私の区別か。


まあ、なんにせよ、仲良し家族っていうのは、きっとそういうルールがきちんとできているってことなんでしょう。


最近、母とケンカしなくなった私は、そのように思っております。