当時、中学校入学直後の僅か1ヶ月程度で「転校の為の引越し」という大きな決断をした裏には。
小学校のA校長との話し合いが有った。
虐め加害者少年達は、小学校卒業直前の秋〜冬にかけて、大きな事件を起こしていた。
しかし、小学校時代、加害者少年達と殆ど接点の無かった長男も私も、事件の事を全く知らなかった。
(ただ、後々、あるママ友から聞いた話によると。その頃、学年内で先生方がバタついていたり、廊下で加害者少年達を激しく叱責する姿が有ったり.....普通ではない空気が常に有ったそうだ。
また生徒達の間に広まる噂等もあり、ウチの長男の様な空気が読めない子以外の生徒達は、皆んな「学年内で何か重大事態が起きている....。何かとんでもない事を加害者少年達が起こした」らしい事に気付いていたそうだ....)
残念ながら、そういう重大事態が有った事を我家は全く知らず中学へ入り....。
よりによってその加害者メンバー達が多く所属する部活へ長男は入部し、ターゲットにされたのだった....。
いずれにしろ、理不尽な現状を打開する為、長男を守る為に私は金曜日の20時に小学校A校長(教頭も同席)と話し合った。
そして、小学校A校長から中学校B校長へ「加害者少年達への責任持った対応」を依頼してくれるという事で纏まった。
ところが、中学校B校長からの回答は『授業中であれば、加害者少年達の事は管理する。しかし、休み時間のトイレや階段の踊り場等の場所までは責任は持てない。』という事だった。
*確かに現実的に考えると、先生方が警備員並みに見張るのは無理なのは言わずもがなである。
だが、そういう「何が起ころうと一切学校側は関知しない」というB校長の無表情な冷酷さをまとった物言いに、長男が中学校側から見放された事を悟った。
このB校長の言葉が大きく私の背中を押した....。
そしてあの日、もう12年前の5月....。
(長男は虐め発覚後から欠席させていた)
私が、長男が中学校に置いていた荷物を受け取り、学校の下駄箱を出て行く時。
その年、教師になって初めて担任を持ったという30代前半の人の良さそうな大人しそうな先生が一言
『私の力が足りずに申し訳ございません。』とおっしゃって、深々と頭を下げて見送ってくれた事を今も鮮明に記憶している....。