寝物語
今更過去の… それも他人の話なんて聞いて、何が面白いの?って思うし、
そういうモノの詮索とかされるのも、俺は大嫌いなんだけど。
でも此の話… 俺と静については、あんたも気にしているんでしょ?
口には出してこないけどさ。
だから、寝物語ついでに話してあげるよ…。
… 静は「憧れ」だったんだ。
今思うとホント、その一言で済ませられる存在だったって思う。
オンナとかオトコとか、そういうんじゃなく。
人間(ヒト)として… 「幼い俺」 の支えだった。
事実、静が留学等で日本を離れたとしても、
俺は寂しいとは思いこそすれ、自分から会いに行こうとはしなかった。
聞き分けよく親を待つ、子供と同じ。
自分で動く事もせず、ただ彼女の帰りを待ち続ける。
… 静は必ず戻って来ると、信じてきっていたから。
でも、あの時… 静が藤堂の名を捨てると宣言した日。
その均衡は、儚く崩れた。
静はもう戻らない。
俺のもとへ戻るという確約… 静との縁というような物が、
あの瞬間、全て喪失したのだと、俺は漠然と理解した。
だからと言って、親の温熱に包まれていた雛鳥が、直ぐに巣立てるはずもなく。
俺はその喪失感… 寂しさや悲しさが、
どういう想いから湧きおこるモノであるのか、理解もしないまま、
ただただ、静が俺に与えてくれていた愛情や温もりを求め、自分の中に閉じこもった。
… それを壊し、外へと連れ出してくれたのが、
牧野… あんただ。
あんたの言葉に押され、そして、支えられて、俺は一歩を踏み出した。
自らヒトの熱と情を求め、更に、自分を満たしてくれる存在を求めて、
静の住むパリへと向かい…。
しかし… 静と再会し得られたモノ達は、全て俺が求めていた「それ」とは違っていた。
そんなの当たり前だ、って… 今なら解る。
でも、あの時は未だ解らなかった。
確かに俺は、静に 「温もり」 を求めた。
オトコとオンナ… その証として、SEXもした。
静の柔らかな肌に… また、抱き、抱かれて得られる快楽に、
幸福を感じながら、日夜、溺れていたのも事実だ。
でも… そんなコト、そんなモノを求めて、静を追いかけた訳じゃない。
徐々に感じ始める、二人でいることへの違和感。
… 静も同じ思いを懐いていたのだと思う。
彼女の多忙と社交性を理由に、擦れ違いの日々が始まり…。
… それでも。
此のパリでも俺は、待つコトしかしなかった。
日本に居る時と何も変わらない。
ただ待つ場所が、パリのアパルトマンになっただけ。
温もりと優しさを求め… 彼女の帰りをひとり、部屋で待って居る。
それが自分の愛情だと… 温もりの与え方だと、未だ信じて。
… でも、ある日。
ぼんやりパリの街並みを眺めて居る時、気付いてしまった。
その状況に満足してしまって居る「巣立てていない俺」の存在に。
そしてそれ以上の関係を、静に求めていない自分の 「ココロ」 に。
更にその時、脳裏に浮かんできたのが「牧野」… あんたの泣き顔だった。
… 「それでも男なの!?」… あのセリフ、言われた時の。
……。
そうだ、俺… 此処で何してるんだ?
何も成長していない。
静に対しても… そして、オトコとしても、人間としても。
……。
そして、更に気付いた。
俺が求めるモノは、もう、静の傍に居るだけでは得られなくなってる。
そして俺もまた、それだけでは満たされなくなっているって。
……。 だから、決めた。 日本に帰ろうって。
先の事は解らなかったし、何も決めてもいなかったけれど。
こんな俺でも、あんたやあいつらは待ってくれてるって思ったから。
… 逃げだったのかもしれない。
違う温もりを、求めていただけなのかもしれない。
でも、帰ろうって思った。
帰りたかった…。 … あんた達が居る場所に。
……。
……。 寝たの?
気にしてる素ぶり見せる割には、毎回落ちるの早すぎだよね。
何処まで話、聴けてたんだろ?
ホント、マイペースで。
こういうとこ、たまにムカついてくるよ。
でも… 此の寝顔が、可愛い、愛しいって思うんだ。
そして、ずっと見ていたい… 守ってやりたいって、思うんだよ。
… で、ふと気付く。
俺はあれだけ寝食を共にしていたのに、静の寝顔を見たことがないって。
こうして、こいつみたいに、胸元に抱いて眠った事もない。
静には、何時も見守られていたし、抱き締められていた。
与えられるだけで、与えるコトは無かったんだ… って。
あれから、俺をヒトとして… オトコとして成長させてくれたのは、
やはり、あんただったんだね… 牧野。
そして此の先もずっと、俺はあんたに… あんただけに、満たしてもらいたいって、
そう、願ってる。
… あんたはどうなんだろ? 俺と同じコト、思ってくれてるのかな?
でも… 此の安心しきった、寝顔。
今のところ、彼女を満たせているのは間違いないみたいだから。
これからも愛していくよ… あんたを懐き続ける。
だからずっと、俺の傍で…。
… 彼女を腕に抱き、その温もりを甘受しながら、俺も微睡の世界へ落ちていく。
今夜も幸福の想いに、深く… 深く、浸りながら。
※ 寝物語で昔の女の話をされたら、普通の女の子なら怒りそうな気がしますが… そこは流石のつくしちゃん、寝落ちです。 類くんに愛されてる自覚、無意識のうちにあるってコトなのでしょうね。