桜の記憶 tempest 64
其の頃、既に道明寺邸では、楓達より半刻程早く政府からの通達を受けていた司が、秘書の西田等と共に対策の為の協議を始めていた。
楓を筆頭とする 「重役連」に連絡をとり、直ぐにでも指示を… とも思ったが、此の 「英国油田開発協力」に関しては 「疲労」で倒れる寸前まで、自身が中心となりコトを進めていたと云う… そんな自負心も、己の中、強くあり。
今回の件についても、出来得る限り自分達の手だけで解決策を見出そう、と… そう、考えての行動だった。
『… しかし、一体なんだってんだ?
此の案件に関しては、国内だけじゃない… 英国に対してもウチが 「ヤル」と、政府が正式に発表しているってのに。
大河原は今更、何を考えてる?
いくら其の筋に強いとはいえ、こんなやり方… 受け入れられるはずがねえコトくらい、解ってんだろう?
其れを…。 ……。
其れに政府も政府だ。
何故、今になってこんな我侭を聴きやがるんだ?
受け入れ… 更に其れを認めて。
… 訳わかんねえ』
だが其の協議の席でも、司はボヤキのような溜息混じりの言葉しか、呟くコトは出来ず。
… 未だ其の首謀者すらはっきりとわからない状態で、仮想でしかあげられない相手の… ましてや、其の 「意図」を汲み取ることなど、此の時点では所詮、無理な話なのであった。
『ええ… 確かに。
… ですが政府側も此の件については、受諾せざるを得ない状況だったようで…』
『… あん?』
『どういった経緯で、そうなるに至ったか… 其れも理解に苦しむ点ではあるのですが。
今回の件はどうやら英国側から、大河原の介入を認知するよう、政府に依頼があったらしいのです』
『… な…?』
『… 公にはなっておりませんが、政府関係者… 其れも外交筋からの情報ですので、間違いは無いかと。
ただ其れより以前の… コトの発端となる働きかけが、大河原側よりあったのか… 其れとも英国側よりあったのかどうかまでは、未だ探れておりません。
英国支社や諜報部にも、早急の解明を働きかけてはいるのですが』
そして其の会話の相手である西田の表情もまた、司以上に困惑と苦渋の想いとに満ちていて。
机上に散乱する書類を片付ける手にも、消沈の様子が見て取れた。
其れは、其処に同席する他の社員達も、同様で。
此のプロジェクトにかけてきた、熱意の喪失。
そして、挫折感のような… 憂い的な想いの発生。
抜け殻のような姿を魅せる者まで、存在するような状況だった。
そんな、社員等の落胆を思いやってのことであるのか… 西田からの報告を受けた後、司は、沈殿する会議室の空気を振り払うかのように、突如、荒々しい声をあげる。
『… っち!
英国も大河原も、どういうつもりなんだ?
ウチを陥れるつもりかよ!
なら、受けてたとうじゃねえか!
どんな相手だろうと、ウチが中心だ!
俺たちが軸だ!
邪魔なモンは排除するだけのこった!
西田! 此処でこうしてても、埒があかねえ!
解ってっトコから、しらみ潰しに当たってくぞ。
此の訳わかんねえ… 縺れた状況を、直ぐにでも解明してやる!』
『!! …っは、はいっ!』
… 一瞬の静寂。
だが、そんな司の発声は、消沈の場を湧かせる、発端の一声となり。
落ち込みを見せていた社員達は弾かれたように動き出し、再び各々の仕事に取り組み始めた。
結果、忽ち室内は、従来の活気を取り戻して行く。
そして司も、そんな社員達の姿に安堵の微笑を浮かべつつ。
やはり其の様子に、一気に表情を柔和にさせた西田に向かい、意気揚々という感じで声をかけた。
『西田、俺たちは真っ正面から行くぞ!
先ずは、大河原だ。
どういうつもりで、ウチのやるコトに茶々入れてきてんだか… 尋ねに行ってやろうじゃねえか。
トップは誰になってる? 東京に居るのか?』
『!! ご存知無かったのですか?』
『あん?』
『今回の此の事案の… 大河原様の代表を?』
『… 知らねえよ?
政府に提出されてきたっつう試算書には、目を通したがな。
すげぇ、綿密で… 突貫的な内容では、無かった。
まるでテメェのトコで、随分前から此の案件… やる気になってたみてえで。
… マジ、ムカつく』
『… 司さま』
『だから尚のこと、其の 「顔」を拝んでやりてぇ。
一発、ぶん殴ってやりてぇとも思う…「イギリスん時」みてぇに』
『司さまっ!!』
… 司にとっては、戯れのつもりで呟いた言葉。
だが其の発言は、其れを聴く西田の顔を、一瞬にして蒼ざめさせていく。
… あの、英国で開かれたパーティーでの一コマ。
床に… 身動きひとつせず横たわる、英国皇太子・ウィリアムと。
其の様子を、冷徹な眼差しで見下ろす… 司の姿。
あの 「映像」が西田の脳裏… 鮮明に甦り。
『……』
そんな西田の表情を、司は黙って見詰め続け。
間も無く無言のまま、ゆっくりと立ち上がると…。
『… 司さま…』
… 西田の脇を通り過ぎながら、其の肩を軽く、拳で叩き。
『馬鹿野郎… んな顔、すんな。
お前に手間かけるような事は… もう、しねえよ』
… そう、小声で呟いて。
『司さま…』
西田の声かけには、はにかんだ笑顔を見せつつ、先程の 「問い」を続けた。
『… んで、誰なんだよ。
今回の責任者… 大河原の 「お偉いさん」ってのはよ?』
司の笑みに導かれるように、今度こそ西田は、素直に応えを囁く。
『今回の件… 大河原様方から提出されました書類のトップに記されております、お名前… 其の殆どは 「大河原滋」様です』
『… な…!? 「滋」!?』
『はい。
其の指示系統につきましても、一応… 大河原会長、社長のお名前も挙げられておりますが。
実質の統率責任者は、滋様という事で記載されております』
『……。 マジかよ…』
『……』
『あの、ちんくしゃ… 一体、何、考えていやがるんだ?』