桜の記憶  tempest 63





其の頃、呼び出したあきらと総二郎を別邸に置き去りにし、姿をくらませていた滋は、司との面会を実現させる為に既に動き出していた。

… 周りから聞いた話だけでは、埒があかない。

実際、自分の目で見て… そして耳で聴いて、其の上で自らの行動を決断するのが、自身、一番納得が出来る。

少なくとも滋は其れが最善だと思うし、此れまでもそうして生きてきた。


… 司とつくしが、私に会う 「気」が無いと言うなら、強制的に其の 「機会」を作ってしまえばいい。


『… あ、若松?
 申し訳ないけど、今から送る資料を揃えて邸に持って来てくれない?
 うん… そう、急ぎの用なの。
 未だ出先だから… でも30分後には戻るわ。
 其れまでに… ええ、お願い。
 悪いわね、夜中なのに』


別邸を退出した後の其の移動の車中から、秘書の若松に対し早々に指示を出す。

そして自身はノートパソコンを開きつつ、ある 「市場」を確認。
続けて父である大河原財閥総帥に電話を入れ、此れからの自身の 「行動」に関する許可伺いを立てた。


『何だと言うのだ、滋。
 いや… 其の事に関しては、私自身も考えていたコトだ。
 私達が資本としてきたモノに、やすやすと参入されるのもシャクだとは思っていたのでな。
 後々少々の刺激は与えようかと…。
 いや、だが… 何故、急に?
 お前が経営等に関して興味を持つコトなど、此れまで全く無かったのに。
 其れも今… こんな真夜中、突然に。
 そして、そんな 「的」を得た…』

『父さま! 今は女だって、外に出る時代よ?
 自分の家を守る… 繁栄させる心算くらい、滋だって持ってるわ。
 … お婿さんに全てを任せる気なんてサラサラ無かったし。
 でも、まぁ、もう少し… 大学院にいるうちは学生気分を味わおーって。
 社会に出るのは、もうちょっと先って… 思っていたんだけど。
 ちょっと…「仲間」に先を越されるのも、其の 「行為」を見過ごすのも。
 ムカつくって云うか… イラついたって云うか…』

『ムカつく?』

『… ううん、なんでも無いの、こっちのハナシ。
 じゃあ、父さま。
 此の 「件」に関しては滋の自由にやらせてくれるわね?
 … 色々迷惑、かけちゃうかもだけど』

『娘の 「初挑戦」だ。
 仮に失敗し大損害を受けたとしても、未来への投資…  お前が育つ為の 「学費」と思えば、安いもんだよ。
 其れより家の 「コト」に、こうして興味を持ってくれたことの方が喜ばしい。
 まあ、思う存分やってみなさい。
 詳しいコトは明日にでも聴かせてもらおう… 楽しみにしているよ』

『うん… ありがとう、父さま。
 じゃあ、また明日に… おやすみなさい』

『ああ、おやすみ』


… 「プッ…」


『… ふう… っ』


父との通話を終え、滋は一息、大きな溜息を吐く。

そして…。


『だって… 納得いかないのよ。
 司の考えも、つくしの気持ちも… 類くんの行動も。
 そして、周りのみんなの… 傍観主義も。
 何故みんなで、幸せになろうとしないの?
 誰かを犠牲にして… 其れでいいの?
    … なら、私が動く。
 私が此の一件、まとめ上げてやるわ…!
 見てなさいよ… みんな、引き摺り出してやる…!』


そう呟きながら、窓の外… 空を埋める星々を、厳しい眼差しで見詰めた。


そして… 其の三日後の、夕刻発行、新聞各紙の一面見出しには…。


「日本経済界に激震!」    

「道明寺vs大河原… 日本二大財閥に深い亀裂!」


… そんな不穏な言葉が、乱れ飛んでいた。




『何なのです、此れは…!
 一体、何故… 何の為、こんな… っ!』


NYより日本に向かう機内… あと三時間ほどで、東京の道明寺邸に到着… と、云う時分。
 
楓は周囲の状況を顧みず、興奮の声をあげた。

内閣府からの緊急通信を受けての絶叫。

其の内容は…。

道明寺財閥が、国からの指名で資金等の全面支援を行う予定であった 「日英合同による英国油田開発の事案」について、国内で其の分野に一番強い影響力を持つ 「大河原財閥」が(道明寺財閥の立場に横槍を入れるカタチで)出資を含めた計画への参入を、意思表明してきた。

… と、云うもの。

そして其の楓の発声を機に、其れまで静穏であった機内が、まさしく、其の交渉や対策のためにアドバイザーとして来日を依頼した者たちが交わし始める意見討論により、俄かに騒がしくなり…。


『どうなされました?』


… 其の様子に、楓の意向と本人の希望により、此の便にて共に帰国の途に就いていた たま が、皆の居るリビングへお茶を運び込みながら、楓に向かい問いをかける。


『いえ… 何でも無いの。
 ああ… たまさん。 皆様にも、お茶を…』


すると、そんな たま の問いかけに、楓は一度 「否定」を口にするが。

受け取った紅茶を一口啜ると、思い直したように たま に向かい、自ら事の次第を話し始めた。

… 其れを聴き、たま も楓同様の驚きを示す。


『… 其れに大河原様といえば、司様とお見合いまでなされたお嬢様がいらしたはず。
 今でも司様や… つくし様と、懇意にされていると聴きます。
 其のような家族ぐるみとも言える程のお付き合いをさせて頂いているお家が、何の相談もなく、此のようなコトを成されるでしょうか?』

『… そうね…「滋」さん…』


たま が口にした 「接点」は、楓も気にするところであったのだろう。
滋の名を呟くと同時沈黙し、其の後暫く、思案の時を置いた。

そして…。


『… 到着次第、直ぐに司を呼びましょう。
 「その件」も含め、話を聴きます』

『……』


そう言って、パソコンのメール画面を閉じつつ、討議の輪中に入っていった。


…「其の件も含め」…

残された たま の脳裏に、楓の発言が繰り返し響く。

今回の大河原家の動向以外の件で、楓が司に尋ねる 「コト」… 其れはNY出立前に交わされた、類との 「約束」に間違い無い。

… どのように楓は、司に話を切り出すつもりであるのか。
また司に、どんな対応を望むのであろう?

そして何より、類が一番、気がかりとしていた事…「つくし」の処遇について。

楓は類の発言を受け、今後つくしを、どう扱うつもりでいるのか?


あれから此の件について、たま の前では何も語らない楓。

類の 「願い」に対し、悪い方向に動くコトは無いだろうが… たま にも、其の真意までは解らない。

あの後 たま 自身も、東京の道明寺邸で懇意にしている者たちへ個人的に連絡を入れてみたりもしたのだが、皆、戒厳令でも布かれているのか… つくしの様子を詳しく話す者は無く。


メイド達にも慕われていたはずの、つくし… 傍に居る者達が口を噤む程の状況が、彼女の身に今、起きているとでもいうのだろうか?

…「外部」に漏らせないような… 何かが?


『……』


ならば… 自分の目で、其れを確かめるしかない。


『とりあえず私も… 花沢様とのお約束を、果たさねば』


飛行機の窓外… 煌めく雲海を眺める。

其処に 「娘」の笑顔を願い浮かべながら、たま もまた、思いを新たにするのだった。