イメージ 1
 
 
 
 
Rain 3
 
 
 
 
 
【 総二郎 】
 
 
『馬鹿。
 お前には、この高尚… 且つ、繊細なメロディラインの美しさが理解出来ないのかよ?』
 
『高尚?  繊細?  解んないよ。  
 ただ 「じゃかじゃか」 煩いだけじゃん。
 あたしはこっちがいい。  音楽もジャケットも可愛いし』
 
二枚のレコードジャケットを見比べるように持ち、
牧野は悦に入った表情を浮かべながら、俺の選曲に対し文句を垂れる。
それに対し俺は、自分でも呆れる程にムキになって。
牧野に向かい、ガキの屁理屈のような反論を返していく。 

『だ~!  解ってねぇな、本当の音楽ってヤツを。
 まぁ俺が追々、本物の良さを教えてやっから。
 覚悟しとけよ』
 
『え?  いいよ。  
 そんなの絶対、好きにならないし。  教えてくれなくったって。
 代わりにあたしが新しいジャンル、西門さんに切り拓いてあげる。
 だから手始めにこっちの曲も、ちょっと聴いてみようよ』
 
『ヤダね。  そんな、女やガキが聴くような軽っちい音楽なんか。
 俺だって、絶対、聴かねぇ』
 
『良いかどうか、聴いてみなくちゃわかんないじゃん。
 全くもう… そうやってすぐムキになって、全否定してさ。
 ホントに西門さんて、変なトコ頑固なんだから!!』

 … 「あれ」 以来、俺達はこうして、
二人きりで過ごす時間を持つコトがとても多くなった。
公園… 又は、図書館で待ち合わせ。
緑葉の下… 「one on one」 でボールを追いかけ程よい汗をかき。
静寂の中… 読書・勉学に勤しんで。
そして最後は何時も、俺の部屋か彼女のアパートに行き、
音楽を聴いたり食事をとったりしながら、前出の様に戯れ、ただただ互いの話をする…。
 
… 「これ」 でお仕舞い。  毎回 「これ」 の繰り返し。
まるで中坊のような 「健全なる」 男女のお付き合い。
 
… まぁ、それも。
「今」 の俺達の状況で、この「先」に進むワケにはいかねぇだろう… と、
牧野の 「想い」 を受け止めながらも、俺自身が自分の行動に対し 「自制」 を強いているからなんだが。
 
此処で、俺達が二人で居ることの一番の懸念である 「司」 に関して言えば、
俺の中で認識されていた司と牧野の 「関係」 は、思い違いというに等しかった。

『道明寺が拠点をNYに遷してからはさ。
 あたし達が 「ふたり」 で会うコトなんて、一度も無くて。
 何時もパソコン、携帯… そんな機械を通したラインでばかり。
 それすらも、この一年は途絶えてるよ?
 … でもね、寂しいって思えない。  全く… って程。
 あたしには皆が居るし… それに今は毎日が充実してて、とても楽しいの。
 道明寺が居なくても… ね?
 反って連絡無いこと、安堵してるくらい。
 それがあたしの 「キモチ」 … あいつに対する 「本音」 なの。
 … きっと』
 
『……』

事実… 彼女が俺と逢瀬を重ねる間も、司から連絡が入るコトは、ただの一度として無く。
「恋人」…。
一般的な定義からして二人がそんな 「状態」 で無いコトは、端から見ても明白であると言えた。
しかし、どんな状況であれ、司と牧野の淡白な関係が世間に公言されていない今の段階で、
俺と彼女が、こうして 「二人」 で居るコト。
此は一般的にみたら、牧野を放置している司より、ちょっかいを出してる俺の方にリスクが 「大きい」。
… そう、取られてしまう 「行為」 なわけで。

それに… だ。
今更な話だが、この時点でも尚、俺は突然の牧野の告白を、どうして受容れたのか…。
それすら自身の中で、理解でき無い状況で居た。
 
事実。
女として外観を見る限り、牧野に俺の好みと重なる部分は、何処にも無い。
どころか、こんなお堅い 「鉄のオンナ」。
今までに抱いたコトも… 声かけすらも、したコトねぇ。

……。  
 
どうして俺は… 彼女を 「受け容れる」?
そして彼女にだけ… 自分を 「晒す」?

……。

… 「晒す」 …?  … 「俺」 を?

……。

「彼女」 が… 「牧野」 が馬鹿みてえに正直にぶつかって、俺の内側に 「入り込んで」 くるからだ。 
「西門」 の仮面を付けた、スマートな 「俺」 では無く。
スペシャルに傲慢で、自分勝手な… 「内面」 の 「俺」 を求めて。
… 幼き頃からの俺を知る… 「更」 と同じように。
何も飾らない 「素」 の俺を、当たり前のように見ようとする。
 
… そう。  「コイツ」 は誰にでもそうだった。
司や類に、真正面から向かい合い。
アイツらの… 俺や、あきらでも壊せなかった 「心の殻」。
たった独り… それも、あの短期間に悉く破壊して。
司に 「ココロ」 を… 類には 「笑顔」 を… 取り戻させた。

そんな 「牧野の魔法」 は、多分に漏れず、俺やあきらにもかけられていて。
時折あきらが牧野のコト… 憧憬にも似た眼差しで見詰めるのを、俺は気付いて居たし。
 
……。

なら… 俺は?
俺は… 何なんだ?

俺は彼女に… 何を、感じている?
何を… 求めている?

……。

… 解んねぇ。
他のオンナに抱く感情とは、絶対的に違う。
それは確かなコトなのに。
具体的な 「キモチ」 … それを 「言葉」 にするってのが、考えつかない。
俺の牧野に対する 「想い」 に、しっくり当てはまる言葉が、全く見つから無いんだ。

そんな中、俺と牧野が付き合いを始めたといっても、
司との関係同様… 俺達ふたりの間も、これまた 「然り」 で。
あの 「雨の中の口付け」 以来、こうして共有の時間を過ごしながらも、
俺達はあれ以上の 「触れ合い」 を 「互い」 に持とうとはせず。
 
「恋人」…?  … 此れが?
苟の相手… そんな女達との方が、よっぽど深い関係結んでいる。

それでも… 何だかな?
こんな 「ママゴト」 みてぇな、付き合い… なんだって俺は 「幸せ」 に感じてるんだか?

俺は、牧野に対する行為と想いを日々、自嘲しながらも。
「他人」 との触れ合いから感じる 「幸福感」 を、牧野との付き合いから、しっかり甘受して居るコトも、自身の中、はっきりと自覚していた。
 
そんな付き合いを続けるコト… 半年。
プラトニックな俺達の関係は、小さな誤解をきっかけに、突然崩れた。
 
 
『……。  … ふぅ』
 
仕事で行く地方への遠征は、地元で開催される大きな茶会などより、よっぽど疲れる。
朝から晩まで御当地のお偉方に拘束され、解放されると同時、真っ直ぐホテルの部屋に戻り眠りにつくだけ。
それでも以前は寝付きの一嘗め… と、でも言おうか。
バーやクラブに繰り出し、閨の 「温もり」… 求めたモノだが。 
「あいつ」 と付き合い始めてからは、そんな必要も無いほどに何故か何時も、俺の身体は程よく疲労し。
… 日々、深い眠りに就けていて。
過去の俺を思えば、信じられ無いコトではあるが… 「かりそめの女」 というものを、俺はこの時期、
全くと言っていい程に 「必要」 としなくなっていた。

… 今回の遠征も、今夜の 「接待」 ひとつで終わる。
明日には東京に戻れる… そんな喜早の想いも相俟って、
俺はこの夜に限って、その 「席」 で、何時も以上の深酒を冒し、所在を無くす程の体たらくを晒してしまった。
きっかけは… 「親父」。
 
『… 僕が、こちらでの 「会」 で当主を務めさせて頂いたのは初めてでしたが…。
 万事滞りなく次第が進められましたのは、全て会長のお力添えのお陰です。
 本当に、ありがとうございました』
 
『いやいや、何を仰います。
 お父上… 家元にも劣らぬ、立派なお姿でございましたよ。
 西門の流れも安泰だと… 私も安堵いたしました』
 
『いえ、そんなコトは… まだまだ若輩者でございますので。
 今後ともご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
 では… 僕は。
 明日の移動もありますので、この辺りで失礼させて頂きたく…』
 
『……!!  それこそ何を仰います… 総二郎さん!?
 そろそろ、この 「後 (あと)」 の… そういう 「付き合い」 というモノの場も、お教えいたしたく思いますな。
 お父上は、大変… そちらの席でも 「立派」 でございましたよ?』
 
『!!』

… 厭らしい厚顔を寄せてきて、たきつけるように 「誘い」 をかけてくる。
… 身体は、疲労のピークに達していたし。
この 「後」 … 所謂、そういう 「オトコの欲望」 を淘汰させるため 「だけ」 の場所に、今の俺が興味をそそられることは、全く無かったが。
 
… 「親父」 の名を出されては… 引くに引けない。
 
後援会会長の口車に、俺はまんまと載せられて。
華々しい電飾光で埋もれた夜の街に、アルコールと疲労とで朦朧とする意識をたゆたわせつつ、呑み込まれて往った。
 
……。
 
『……。  … 西門さん?
 西門さん… ってば…。
 ねぇ… 電話。  携帯… 鳴ってるわよ…?』
 
『…… ん…。  …… あ…?
 …… あぁ…。
 ……。  ……!?』
 
意識を戻したのは、この古い街に置かれる 「西門家別邸」 の自室。
… その 「ベッドの上」。

ハダカの俺。
白いシーツに、腕を投げ出し。
其処に長い髪を絡ませてくる 「オンナ」 に、起こされて。
 
……。  
 
… なんだ?  「これ」 は?
 
一体、俺は… 「何」 をしてる?
 
……。
 
『出ないの…?  … 電話。  切れちゃうわよ…?』
 
『……』

厭らしい滑りのある唇と、其処から発せられる甘ったるい声に、寒気を感じながら。
俺は、現在 (いま) の状況を把握出来ぬままに、枕元に置かれた携帯電話へ腕を伸ばす。
 
… 電話着信。  
 
相手は… 「牧野」。
 
 
 
『……』
 
… 何故、このタイミング?
どうして 「今」 なんだよ?  … 「お前」 からの電話が。

沸き起こる、焦燥の想い。
自分の状況のバツの悪さを、電話をかけてきた 「牧野」 に対しぶつけたくなってくる。
 
『…… はい…?』
 
『あ… もしもし、牧野です。  
 ……。  … 西門さん?』
 
『……』

俺の不穏な様子を察知したのか、隠りがち… 疑問を投げるような牧野の言葉じりに、俺は尚のコト苛立ちを感じて。
 
『… あ、あのね… 明日。
 何時位に、こっち… 帰って来るのかなって…』

『明日?  ん、なの… まだわかんねぇよ。
 話はそんだけ?  … 切るぞ』
 
『え?  ちょ… っ!  … 西門さん…!?』

… 話を続けて居ては、自分側に 「ボロ」 が出る。
やはり、現在 (いま) の俺の状況を彼女に知られてしまうのは、あまり好ましいコトでは無い。
それくらいのコトは、いくら自虐的… そして傲慢な俺でも、理解している。
俺は彼女との電話を、無下な態度を示したままで断じようとした。
 
その時… 俺のカラダに乗り掛かり、
携帯電話の通話口… その厭らしい唇を寄せて来た 「オンナ」 が、いきなり。
 
『 … 「今」 は私との時間よ?
 誰だか知らんけど… 不粋な電話、せんといて!!』

『!!  … な… っ!?』

オンナを突飛ばし、慌てて携帯を耳元に翳す。
… しかし。

……  「ツー …」  ……。

… 既に通話は、牧野により切られ。
耳元に響くのは、単調な機械音のみ。
すぐさま、掛け直してみるものの…。
 
……  「この電話は電波の届かない場所に…」  ……。
 
… 彼女に 「繋がる」 コトは、無く。
それは、その後… ずっと。

……。
 
『… っ!  … くそ… っ!』
 
『きゃあっ!』

俺は無造作に携帯電話を投げつけ、隣の 「オンナ」 を押し倒し。
そのまま、荒ぶ心を打付ける様に… 無茶苦茶にその 「カラダ」 を抱き続けた。
 
 
翌日は昼過ぎ… 窓から射込む眩い太陽光に起こされ、目が覚めた。
「オンナ」 の姿は、どういう経緯か… このとき既に、部屋から消えていて。
俺は夢現… ぼんやりとしながら、瞳を外に向ける。
部屋から見上げた空には、清んだ蒼が広がり。
其処に、細筆で引いたような白雲が、幾重にもなり靡いている。
まるで昨夜の喧噪が無き事の様に… 爽やかに。
… 視線を戻し、ベッドの傍らに落ちていた携帯電話を拾いながら、俺は昨夜の、牧野との電話を思い返した。
 
何故、あんな態度… とってしまったのか。
そして、何故… あんな見ず知らずの女… 抱いてしまったのか。
 
… 過去の俺ならば、こんな一夜の 「戯れ事」。
笑って済ませられる 「コト」 であるのに。
その 「コト」 を 「牧野」 に知られてしまったという、事実。
 
… 「それ」 を思うだけで… 今は。
 
心が寒い… 切なくなる。

……。
 
一体、これは… 「何」 なんだ?
 
「悲痛」 …?  … 「後悔」 ?  … 「寂寥」 …?
 
この… 「俺」 … が…?  
 
……。
 
俺が、なんだって… そんな 「想い」 を…?