感熱 4





『……。  … はい?』

『……!?』


思いもしなかった 「返答」 の声に、俺は再度… ホテルのベッドの上、
驚愕… 畏怖にも似た想いを抱きながら、目を覚ます。

しかし… 瞳に映るのは、海の煌めきを反射させた眩い天井。
光射し込む、明るい室内 (へや) 。

そして…。

 
『… 大丈夫ですか?  身体の調子は?』


… 心配そうに俺を覗き込む 「彼女」 の姿。

先程の目覚めとは、全く違う… 状況。

 
……。  「彼女」 … が、居る。  
… 俺の目の前に 「彼女」 が。
 
俺の目覚めを見止め、穏やかな微笑みを浮かべて。


……。  え…?  … 居る…?  

… 「彼女」 が…?


『……!  … 優紀ちゃん… っ!!』

『……!  え?』


その 「姿」 を 「認識」 した瞬間… 俺は咄嗟、彼女の身体に抱き着いていた。


伝わり来る鼓動… 柔らかな肌の感触。
控えめに漂う、甘い香りのフレグランス。
 
… そして。
触れる場所から感じる… 温もり。


……。  

… 「感熱」 。

安堵と幸福に続く… 「抱擁」 。

……。


『… 優紀ちゃん、俺を… 俺を、あっためて…!
 もっと… ずっと…!』

『西門… さん…?』


俺はうわ言のように、彼女の耳元に向け囁き続けた。

「彼女の存在が消え去るコトは、もう無い」 と… 自分が確信を懐けるまで。

… ずっと …。  ……。



『……。  … あのぉ、大丈夫みたい… だね?』

『!?』


控えめに掛けられる 「声」 の存在に、俺はハッと我に返り、慌てて抱擁の腕を解く。
 
… 声の主は、牧野。
そして更にその隣では 「無心の顔」 を魅せた類が、俺の顔をじっと見詰めていた。
 

… なんだ??  どうして…?  
… そういえば、優紀ちゃんも。  
 
此処に来ること… 誰にも知らせてねぇのに。
何でこいつら、此処にいる…?


羞恥と疑惑の思いが一気に身体を駆け巡り、俺の体熱を上げていく。

そんな俺を見止めながら、優紀ちゃんは申し訳なさそうに、
此処までに至る 「経緯」 と、このメンバーが揃う 「理由」 を語り始めた。


『今日はつくしと、買い物に行こうとしていたんです…』


… 待ち合わせの花沢邸で、未だ外出の準備を終えて居なかった牧野を待つ間に、
俺が倒れたという連絡を受けたのだという。


『連絡?  誰に?』

『それは私が…』


そう言って会話に入る声に、俺は聞き覚えがあった。
… 声の方向に視線を向けるが、其処に佇むのは見知らぬ男性。


『……?  失礼ですが、貴方は…?』

『… え?』


思わず口から出た問いかけを聴き、その場に居た者全員が、怪訝の眼差しを俺に向けた。

… と、同時。
牧野が間髪入れず、口を挟む。


『やだ、西門さん。  ホントに大丈夫なの?
 西門さん… 今朝突然、雨の中このホテルにやって来て、
 フロントに声をかけた途端、その場で倒れたんだってよ?』

『… え?』

『オーナーでいらっしゃる此方の今井さんが、携帯の履歴にあった私の番号に連絡をくださったんです。
 昨夜西門さんから頂いた、お菓子の手配に関する発歴が、一番最後だったんですね。
 それで連絡を受けたその場で、つくしと花沢さんに相談したら、
 迎えに一緒に、付いて来てくれるコトになって』

『救急車を… とも思ったのですが。
 熱もそれほど高くは無いようでしたし、
 此方のベッドにお運びした時は、呼吸も落ち着いていらしたので。
 とりあえず様子を見ながら御家族に連絡を… と、思いまして』

『……!  「家」 に… 「家族」 に連絡したのですか?』

『!?』


先程の夢の中… 家族から向けられた憐れみを宿す眼差しを思い出し。
俺は悔恨の想いか、オーナーに詰め寄るように問いを質した。

俺が突然魅せた焦燥の姿に、皆が一瞬に、驚愕の表情を浮かべる。
… しかしオーナーだけは、すぐさま柔和な微笑を頬に戻して。


『いえ… ご自宅の番号は解らず…。
 それで、大変失礼かとは思いましたが、
 履歴にありました松岡様の番号へご連絡させて頂いたのです』

『… そう… ですか…』


オーナーの言葉に、瞬時、安堵する俺…。
… しかし。


『… あ… でも、ごめんなさい。
 私が、西門さんのお母様… 「奥様」 に、このコトお知らせしてしまいました。
 いけなかった… ですか…?』

『え…!?』


続けて呟かれた優紀ちゃんの言葉に、俺は、茫然… 唖然。
そしてその話の顛末にも、更に俺は驚かされる。


『お知らせした時、奥様は大変驚かれて…。
 ご自分が此方に来ると、金子さんに車の用意まで指示していらしたんですけど、
 花沢さんも居てくれたし、今井さんからも状況を伺っていたので、
 そこまで慌てることはないのではと、お止めしました。
 … それに奥様自身も、この後九州にお出かけになるとのコトで、
 多忙を極めていらっしゃっいましたし。
 だから私、
 「西門さんは、私達で迎えに行きますから」 … と、お伝えしたんです。
 そうしたら…』


優紀ちゃんは徐に、類と牧野が座るテーブル席に視線を向けた。
空いた椅子に、大きなバッグがひとつ…。
… 優紀ちゃんはそれを大切そうに抱え上げ、ベッドの上、俺の元まで運び寄せる。


『一度此方に来る前に、お家に寄って欲しいと言われまして。
 … 其処で、お預かりしてきました』

『……』


受け取ったバッグの中には…。
… 着替えの為の衣服、下着。 
それに… 「ホテル」 と聴いたから?
宿泊用の、洗面用具にタオル類… 何故か、風呂桶まで。

その上、下着に至っては…。


『……!!  何だよ、これ!?』


… 「股引き」 に 「ラクダシャツ」 !?  
親父のじゃねぇのか、これ!?


『ぷっ…!!  … くくっ…』

『……!  笑うな、類!』


指でぶら下げながら絶叫する俺を、類が吹き出しながら、ケラケラと笑う。
そして、そんな類を諌めながらも、
お袋の動揺する姿を想像し、何とも言い難い… 呆の思いにとらわれ、苦笑する俺。

… そんな俺と類を、
優紀ちゃんは何時もの下がり眉を浮かべた微笑で、困惑気味に見詰め。
間も無く… 今度はジャケットのポケットから小さな包みを取り出し、俺に向かい差し出す。


『…あ、あとこれも。
 奥様が、西門さんに渡してくれって…』

『……』


呟きながら、ふくさ折りで包まれた布を、ゆっくりと開いていく優紀ちゃんの流れるような指先の動きを、
俺は無言のまま… とらわれた様にじっと見詰めた。

布を纏った、彼女の掌中。
其処には… 小さな 「水晶玉」 が、ひとつ…。

… これ… は…。


『奥様が… 西門さんが小さい頃から、お守りとして持っていたモノだからって。
 邪気を祓うだろうって… 仰ってました』

『……』


そうだ、これ…。
… ガキの頃連れていかれた、京都での茶会の帰り。
親父が馴染みにしてる置家の女将さんが、俺の相を視たあと、突然此れを持って来て。
… 俺の掌に、握って寄越したんだ。


… 「坊 (ぼん) も父親に良く似た相… 持ってはって。
  これは、お守り… 「道しるべ」 に持っといておくれやす…」 …。


… 貰った頃は、物珍しくて。
結構、持ち歩いたりして居たけど。
… すっかり忘れてたな。
その、存在も… 俺にとっての、価値も。


… 「邪気」 … か。
 
… 「水晶」 …… 此れが来た、お陰か?

いろんな意味で… 「道」 が、見えてきたのは…。

……。


俺は水晶を包み持つ優紀ちゃんの掌を、その拳ごと、己の掌の中に包み込んだ。
そしてそのまま腕を引き寄せ、彼女の身体を抱き懐く。

ベッドの上… 倒れるように、俺の胸元に収まる 「彼女」。

再び俺は…。
… 首筋にかかる吐息から、露出する肌に伝わる体熱から。
「彼女」 … 「優紀ちゃん」 の存在を 「自身の中」 に認識して…。


『あぁっ!  西門さん!  優紀に何を…!』


同時に牧野から、怒気を含んだような驚声が上がった。


『……』


隣に座る、類は…。
… 相変わらずダルそうにしながら、椅子の背に身体を凭れさせて。
それでも、
その頬に柔和な笑みを浮かべ、静謐の眼差しで俺達を見詰めている。


そして 「彼女」 …。
俺の腕の中、
あの初めて出会った時のように、身体を小刻みに震わせ、顔を真っ紅に染めて…。
… 何時までも変わるコトの無い… 「想い」 … 「姿」 を、俺に魅せ続けて。

… そんな彼女の耳元に囁く、俺の 「告白」。

 
『……。  ねぇ、優紀ちゃん。  
 さっきの… 本気なんだ。
 俺にもう一度、革命を起こして?  
 そして… そのキミの 「熱」 を。
 この先も、ずっと… 俺にちょうだい…?』

『……』


… 彼女から返される、小さな頷き。
俺の 「新しい日常」 の始まりを意味する、スタートサイン。
 

 …  『失くす前に気付けた者だけが、最大の幸福を得る…』 …。 
 
 …  『そう、思わない?』  …。

 
彼女の温もりを感じながら、俺は夢の女の呟きを思い出す。


… あぁ、今なら解るよ。   
あんたが言ってたコト…。
 
気付けた 「今」 は、もう二度と… この 「幸福」 ってヤツを、手離す気はねぇけど。

 
孤独から始まった、今年の 「誕生日」 …。
… 「何者」 かに、導かれたのか… それとも、俺自身の深慮遠謀の結果か。
俺は自身の 「転生」 を自覚し …。
俺が進むべき 「未来」 への道筋と、
今までに多々、感受… また、享受してきた 「愛情」 …。

そして… 俺と彼女が出会ったコトの 「意味」 というモノを、理解出来た気がしていた。