time after time

来てみらんしょ in 福島 ~ 5/4  その11~  





【 Tsukushi 】 


猪苗代磐梯高原インターを降り、闇に溶けた猪苗代湖を背にしながら磐梯山へと向かって行く。
太陽の光芒が山向こうから発せられ、磐梯山の山嶺が朱赤に染まるのを眺めながら、あたしは「今日」という一日を振り返っていた。

「類に触れないで」
今日、初めて感じた「独占欲」っていう感情。
今まで女の子に騒がれる彼を見ても、何時も「彼だから仕方ない」… そう思っていたけど。
 
… 突然だった。
あたし「だけ」の「類」… そんな想い。
 
いいのかな… 類の言うとおり、際限無く「彼」を求めて。  
「類」の全てが欲しいって、言ってしまって。

今だって、そう。
彼の熱を感じたくて… 彼に触れたくて、堪らなくなってる。
 
あたしは、彼と「ひとつ」になるコトを、無意識のウチに望んでいるのだ。
何時でも… どんな時でも。


『… くし。 つくし!』

『!』

『どうした? ぼーっとして。
 … 眠い?』

『… あ』

どうやらあたしは、想いを辿る内に、また「うとうと」としてしまっていたらしい。
類の声に呼ばれ、離れていた意識が身体にしっかりと戻ってきた。

『ううん、平気。 眠く無いよ。
 … ね、類。 
 今日泊まるホテルって、どんな所?』

『裏磐梯? 行くの、初めてだけど… 俺も。
 「桧原湖」って、湖の傍だって』

『湖?』

『磐梯山の昔の噴火で出来た湖や沼… 此の辺、沢山あるんだ。
 裏磐梯で一番デカいのが「桧原湖」。
 … その湖畔にあるらしい』

『じゃあ、今度は湖が見える部屋になるのかな。
 昨日の錦湯さんのトコロの渓流は、音も流れも大迫力の絶景だったもんね』

『湖じゃ、静か過ぎ。
 あんた、今度は「声」出せないよ?』

『!? は…!?
 だ、だって今朝のアレだって、あたしはダメだって… そ、それを類が!』

『俺? 何もしてない。
 ひとりで風呂行っちゃった人に、お仕置きしただけ』

『あー! わかったよ!
 もう置いてきぼりにしないってば!
 あぁ… 恥ずかしい。
 … に、しても、暗いね?
 何か出てきそうな雰囲気』

『……。 何か横切った』

『え?』

『光? 今、すー …って』

『……。 や、やめてよ…』

『この辺でも合戦、あったし… 桧原湖には村も沈んでるから。
 …「いる」かもね?』

『うわ、止めて! あたし、そういうの弱い!』

あたしが本気で怖がる姿を、類はけらけらと声をあげて笑う。
でも周囲はホントに真っ暗で…「何か」の存在を感じずには、確かに居られなかった。


ホテルは、桧原湖を囲む林の中にあった。
避暑地のホテルらしく、洒落た洋風の外観。
切妻の屋根が可愛らしい。

『美作さんのお家みたいだね』

フロントに向かいながら類の耳元に囁きを寄せると、瞬間、彼の身体がピクリと震える。

『どうしたの?』

『… ん、悪寒…』

『え~! やだ、止めてよ…!
 さっき、あんな話したからじゃない?』

『いや…』

類はそれ以上は言葉にせず、黙り込む。

話してはいけない… そんな素振りであったので、彼が何を感じたのかわからなかったけれど、あたしはそれ以上のコトを、その時聴かなかった。

西門さんは、まだ到着して居ないとのコト。
8時過ぎに夕食のセッティングを… と、連絡が入っているらしい。

『予定、勝手に…』

類はブツブツ言ってるけど… あたしは連絡が入って居て、ホッとした。
だってそれまでは、確実に類と「ふたりきり」で居られるワケだし。
どんよりした類とは対照的に、あたしは爽やかな笑顔で部屋に向かう。
 
『うわ、広い!』

「月の間」と呼ばれる、あたし達が通された特別室の部屋は、広いリビングに畳ルーム… 続き間には応接室。
別室となるベッドルームも湖に面していて、そこには桧原湖を一望できる露天のお風呂が付いていた。

『此の露天も素敵けど、大浴場にも行ってみたいな』

『大浴場?』

『? 知らないの?
 こういうトコって、各部屋にこうしたお風呂がついてるワケじゃ無いんだよ?
 宿泊客が自由に入れる、大きな共同のお風呂があるの。
 ん… と。 あ、此のホテルにもあるね。
 大浴場に… あ、露天は「混浴」だって』
 
『「混浴」?』
 
『あ…「男女一緒」に、入っていいってコト』
 
『え? みんな? 知らないヤツとも?』
 
『??? そ… そういうコトですね』
 
唖然とする類の表情に、こちらも呆然としてしまう。
知らなかったの? ホントに?
そういえば道明寺も、銭湯すら知らなかった。

「お金持ち」… お風呂付のVIPルームが当たり前。
大浴場を知らないのも、当然か…。

『… 俺も行く』

『は?』

『つくしが入る時、俺も行くから。
 絶対、ひとりで行くな…!』

『… う、うん』

類のあまりの迫力に後込みしながら、あたしは曖昧な返事を返した。



【 Rui 】 


つくしはどうして、そんな平然と「混浴」なんて言えるんだろう?
「混浴」… 自由に、見知らぬ男女が、一緒の風呂に入る???
あんた、俺と風呂に入るのだってあんなに恥ずかしがって、なかなか応じなかったのに。
見ず知らずの他人となら、そうして平気に「入る♪」って言えちゃうの?

わかんない。
他人と風呂… 男同士だってヤダ。
 
……。 … ちょっと待て。

これから此処に「総二郎」が来る。
あいつはそんな風呂があるって知ったら、率先して入るよな
あいつが来る前に、つくしと入って来てしまった方が…。  

… その時。     

…「RRR」…。

『はい』

ルームコールにつくしが応対する。  
相手はフロントらしい。

『… はい… わかりました… はい、お願いします』

『なに? 何の連絡?』

俺はつくしが受話器を置くと同時に、問いかけた。

『「お客様」が来たから、部屋に通してもいいかって。
 西門さん、8時って言ってたのに… もう着いたみたいだね』

時計を見つめ、少し憂いがかった表情を浮かべながら、呟く。

「憂い」… 昼間のコトがあるし、会いづらいのかな。
そう言う俺も、バツが悪いんだけど。
総二郎はどういうつもりで、此処に来るんだろう?
 
… 再び。 … ちょっと待て?

『つくし、フロントは「客」が来てるって言ったの?
 名前は?』

『名前は言わなかったけど… 西門さんじゃ無いの?』

『総二郎… 部屋、とってるはず。
 予約の部屋じゃ無く、こっちへ… って。  
 おかしくない?』

『え?
 でも… 西門さん以外、お客なんて… 桜子?』

『わかんないけど… なんか、嫌な感じ』

『!! だから止めてよ、類!
 あたしマジ、そういうのダメ!』

…「コンコン」…。

『『!!!!』』

俺たちの間で「客人」の確定が為されぬ内に、ドアのノック音が部屋内に響いた。


俺はソファーから立ち上がり、ドアを見詰めたまま動けないでいるつくしの頭をポンと叩きながら、鍵と扉を開ける。

…「カチャ」…。

『… じゃ、さ。 仕事終わる9時に、フロント前。
 それとも… 今、ルームナンバー聴いたよね?
 俺の部屋、直接来られる?』

『そんな…。
 私「お客様」となんて…』
 
『「お客様」…?  
 9時を過ぎれば、そんな関係じゃ無くなる… キミがシンデレラになる時間だよ。
 お姫様になる魔法… 今、かけておくから…』

『… あ、お客様…』

…「バタン」…。

俺は無言のまま、ドアを閉じた。
そして、そのまま再び、鍵をかける。

『うわお! 類、待て! 
 此処まで来て、締め出すな!』

…「あきら」は慌てた声を上げ、扉をたたいた。


『此処まで来て… って。
 俺… 呼んだ覚え、無いけど』

『そう言うなよ。
 総二郎から午後、連絡もらって、ふっとんで来たんだぜ。
 運転手が、車じゃ何時に着けるかわかんねーって言うから、生まれて初めて新幹線乗ってさ。
 … 結構快適だな、新幹線ってのも』

… なんて、暢気に言いながら、ソファーに深々と座り込み早速ルームサービスのカクテルを嗜んでる。
俺と言えば、更に増えた邪魔者に溜め息が出るばかりで。

『まさか司も来る… なんてコト、無いよね?』

硝子窓の向こう… 漆黒の闇に反射するあきらを見詰めながら、念のための確認をする。

『司はこねぇだろ? 流石に。
 ずっとNYだって、聴いたぜ?』

… 俺もつくしも一安心。
思わず顔を見合わせ、安堵の溜め息を吐いた。

『… ところで、牧野。 身体、平気なのか?
 まだ妊娠初期にあたるんだろ。
 こんな旅行とかして、大丈夫なのかよ?』
 
…「お前たちが疲れさせるんじゃん」…
 
… と、突っ込みたいのを我慢して、俺は窓辺に寄りかかりながら、ミネラルウォーターを口腔に流し込む。
 
『うん。 大丈夫だよ。
 山川先生にも無理しなければ、って言われてるし。
 類にも… 凄く気を使ってもらってるから』
 
『……』
 
俺に視線を向けながらはにかむつくしの側に、俺は自然と吸い寄せられて。
彼女が座るソファーの袖に腰かけ、身体を傾けながら、キスを送った。
 
途端に真っ赤になる、つくし。
… あきらは、向かいの席で呆れてるけど。
 
お前等が勝手に、俺とつくしの旅に割り込んで来たんだ。
これくらい、見せつけなきゃね?
 
『… なる程ね。
 総二郎が呆れる「バカップル」ぶり… 解った気がするぜ。
 ま、一応、新婚って時期だもんな。  
 好きなだけやってくれ。
 … ところで、類。
 お前、水ばっか飲んで… 呑まねぇの?』

『酒大好きのつくしが呑めないのに、俺ばっか呑むわけにいかないでしょ。
 「夫婦連随」』
 
『え? 類、のみなよ。  
 せっかく一緒にって言ってくれてるんだから。
 あたしは大丈夫だからさ』

『……』

… いいんだって。
こいつらに付き合って呑んで、酔いつぶれでもしたら… 誰があんたのコト、見守るのさ?

それでなくても「一緒に」って言ってるこいつらが、あんたに無茶させそうで、一番危ないって言うのに。
心配で、おちおち酔っても居られない。


… それなのに。

その後、10分もしないウチに総二郎がやって来て、俺達は皆で別室に移り食事を始める。

……?
なんで食前酒から、こんなにキツい?
目の前で焼かれる肉類… 俺は食べる気無いけど、香りだけでも悪酔いしそうだ。

なんだろ… 目が回る。
瞼が重い… 視界が… 暗くなる…。

……。

… 再び瞼を上げた時には、俺の視界に、涙を流すつくしの姿が映り込んで来た。



【 Tsukushi 】 


… 相当疲れてたのかな。
食事を始めて間もなく、類は畳の上、ひとりゴロンと寝転がる。

『類?』

呼んでも反応は無くて…「寝転がる」んじゃなくて「寝てる」んだ。

ホテルの方に毛布を借り、類の身体に被せてあげる。

『… ん…』

… 反応して寝返りは打つけれど、起きる気配は無いみたい。

『なんだよ、類。
 酒も呑んでねえのに… 寝ちまったのか?』

『うん。 
 ずっと運転してたし… 昨日も寝るのも、遅かったから。  
 眠くなっちゃったのかも』

『ふーん… 遅く、ねぇ』

… え!? ちょっと、違うよ!』

意味深な目つきで呟く西門さんと、けらけら笑う美作さんに慌てて弁解する。

『昨日のお宿では仕事もあったし、ゆっくり出来なかったの!
 だからだかんね!
 へ、変なコト考えないでよ!』

『… 別に俺達、何も。 なぁ… 総二郎?』

『何も言ってねぇよ?
 「変なコト」… って、なんだろね?
 つくしちゃん?』

『… う…』

完璧、あたしのコト、おちょくってるし。
此の人達は、どうしてこう、人をからかうのが好きなんだろう?
 
あたしがふてくされながら彼等を無視して、ご馳走に舌づつみををうっていると、今度は…。

『それにしても、よく食うよな』

『……!』

西門さんの呟き。

『ま、ふたり分だからな。  
 当たり前っていやぁ、当たり前だけど』

『……』

美作さんのフォロー。

それでもあたしは一度箸を休め、食事を止めた。
すると、その瞬間を待っていたかのように、美作さんが囁く。

『マジ… 心配してんだぜ、牧野。
 ガキのコトもそうだけど、お前と類の「これから」』

『類のコトだから、その辺り、抜かりはねぇと思うけどな。
 司んち見て、知ってんだろ?  
 花沢の家だって、それなりの格式だぜ。
 お前が覚えっコト… これから、半端ねぇぞ』

『……』

昼間… 桜子に言われたコトを思い出す。
 
…「類に恥をかかせ無い程度に」…
 
そうだ、類は… 彼は、あたしの全てを認め、今のままでいいと、言ってくれるけど。

きっと周りは、そうはいかない。

類だけじゃ無くて、今後あたしの「失態」は、お父さんやお母さん… 花沢家全体の「恥」になってしまうんだから。

桜子… 西門さん、美作さんも… みんなそれを、気にしてくれてるのね。

『それ… 桜子にも言われた。
 そうなんだよね、あたし… あまりにも「上流階級」ってモノ、知らなすぎる。
 でもさ、どうしたらいいのか… それもわからないの。
 あの… あまりにも急なけ… けっ、結婚… だったし…』
 
『『……』』

『今のままじゃ、あたし… 類のお荷物になっちゃう。
 解ってるんだ、自分でも。  
 どうにかしなきゃいけない、って…』

あたしの呟きに、西門さんも美作さんも、黙って耳を傾けていた。





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