名残雪 番外編





俺の胸元にしっかりと収まる、牧野の身体。
俺はその細い肩をきつく抱き締め、これ以上は無いと言う程に、彼女の身体と己の身体を密着させる。

… 腕の中に香りたつ、牧野の匂い。
彼女を抱いて眠った、最高に幸せだった夜を思い出させる…。

……。

… ぜってー、忘れねぇ …。

… この、幸福な想いに誘う香りも、折れそうに華奢な身体も…。
… 指に絡む黒髪、柔らかな頬。
… そして、触れる唇に伝わる 「肌」の温もり…。
… 牧野の… 「全て」…。

……。

… 俺の肩に、牧野の顔があたる。
俺はそっと顔を傾け、彼女の耳元に吐息を寄せた。
抱擁で身動きが取れない牧野は、瞬間、俺の胸元でビクリと震える。

…  愛しい …。
… やはりこの 「想い」は、一生拭い去れそうに無ぇ。

俺は牧野の耳元に唇を寄せ、吐息と共に囁いた。


『… 牧野、類に愛想が尽きたら…。
 … 何時でも、戻って来い。
 何時までも… 待ってる…』


『… ど… みょう、じ…』


… その時。
俺の肩を 「誰か」が掴む。


『… あ。
 … る、い…』


牧野の、控えめな昂揚を含んだ呟きが、俺の鼓膜を震わせる。

……。

… っち、類か …。


『… 何してんの、司…』


類の、妙に冷めた低い声が、俺の背に響いた。
その類の問いに応えるように、俺は静かに牧野を解放する。
ゆっくりと… 抱き締めていた腕を、翼のように広げながら…。

……。

… と、見せ掛けた、瞬間。


俺は彼女の頬を両掌で包み、その唇を塞いだ。

… 勿論、この俺の、唇で。


『きゃあ! 道明寺さん!!』


『… つ、司!!』


全く抵抗出来無い、牧野。
途端に賑やかになる、ギャラリー。

そして俺は、横目で確認する。
… 何時も落ち着きはらっている類が 「驚愕」している姿を。


… よし!

… 「やった」ぜ…!!


今度こそ俺は、牧野を解放してやる。
ふらふらと力無く倒れ込むようにして、類に抱かれる牧野。
凄い剣幕で、俺を睨み付ける類。


… まぁ、いいじゃねぇか。
満足させてもらったよ。

きっともう二度と、こうして牧野に触れる機会は、得られないだろう?

最後の 「バースデイ・プレゼント」。
… そういうコトにしといてくれねぇか?


俺は、誕生日に相応しい朗らかな声をあげ、屈託なく笑った。



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【 Rui 】



帰りの車中、俺達は冷戦状態にいた。


『……』


『… 怒ってるの?』


『… 別に』


『… 怒ってるじゃん。
 … ずっと黙ってるよ?』


『……。 … 怒ってるんじゃ、無い。
 … 呆れてる』


『……! 同じコトじゃん!
 それに呆れてるって、言ったって…。
 … 不可抗力だよ。
 突然だったし、力の差がありすぎた…』


『… 「無防備過ぎる」って、言ったばかり』


『… う、う~…』


『……』


信号に停められ横を見れば、牧野が、今にも泣きそうな表情を浮かべていて…。

……。

… 少しは、反省したのかな?

あんたはさ…。
自分で思うより、ずっと魅力的で、周りの者を惹きつけて止まないのに…。
… 余りにその自覚が、無さ過ぎなんだよ。

牧野を目の前にした司が 「そんな気持ち」になるのだって、解る気がする。

… だからって、今夜のコトは許せたモノじゃ無いけど。

……。

… くそっ。
自分の、牧野への 「想い」まで覗かれて、俺の心は悶々としている。

… どうしてくれるんだよ、牧野…。

……。


歩行者信号が点滅を始めた。
もうすぐ、進行方向が青になる…。


… でも、だめ。
… 「家」までなんて、我慢出来ない。


『… 牧野』


『え…?』


俺の声に牧野が、ゆっくりと顔を上げ俺の方に向き返る。

… その瞬間、俺は彼女の肩を己に向かい思い切り抱き寄せ、その唇に熱い口づけを送った。


俺の舌が、牧野の口腔を弄っていく…。
舌を絡め、喉奥までをも探る。
吸い尽くすように深く交わり、と思うと一転、切なげに離れ…。

… 何度と無く、離合を繰り返した。


信号は疾うに青に変わり、俺達の横を何台もの車が、クラクションを鳴らしながら過ぎて行く。


……。


… でも、そんな音も気にならない …。

… 今のこの…  
… 陶酔の… 中には …。


……。


ゆっくりと唇を離し、牧野を見つめた。

頬を紅潮させ、漆黒の瞳を潤ませて…。
… なんて、綺麗なんだろう…?


『… 消毒、終了… ね?』


俺は呟きながら、再び牧野を抱き締める。
牧野の身体が緊張に強張るのを、優しく背中を叩き、心までほぐしてやりながら。
… 耳元に向け、囁きを寄せる。

俺の、想いの… 全てを、乗せて。


……。


『牧野… 誰よりも、愛してる。
 もう誰も、あんたには触れさせない…。
 … だからあんたも、俺だけに染まって?
 家に着いたら… 覚悟してね?
 あんたが変な 「不安」を抱かないよう、
 たくさん 「愛する」から…。
 ……。

 … 今夜は …

 … 眠らせない』





※  司くんお誕生日記念SS、此れにて終了です。いかがでしたでしょうか?是非感想等お聞かせくださいね。よろしくお願いいたします♪