桜の記憶 difficulty 61
『… あ』
『… あんたはきっと、見放せない。
なら、納得いくまで話すべきだ。
其れが、諍いと傷心を最小限に留める… 一番の方法』
『……』
つくしは徐に、桜の花びらを掌で掬い上げ… 其れをサラサラと、膝上に零し落とした。
濃緑色のスカートの上に、薄紅色の花片が散らばる…。
… そうか。
美しいと思う此の花びらも… 桜の花冠が 「ばらばら」になってしまったものなんだ。
美しいと思う此の花びらも… 桜の花冠が 「ばらばら」になってしまったものなんだ。
…「破片」か…。
まるで 「心」のよう…。
…「桜の破片」をじっと見つめながら、つくしは司への 「想い」を反芻する…。
……。
…「嫌い」になったわけじゃ、無い。
其れどころか、何も無いあたしに此処までしてくれて…「感謝」してる。
ただ… 目指すモノが違うと気づいてしまった、今。
道明寺を愛しているか?と、聞かれたら… 頷けない。
道明寺を愛しているか?と、聞かれたら… 頷けない。
… 支えてあげたいとは、思う。
… 苦しんでたら、きっと掌を差し伸べる。
… 苦しんでたら、きっと掌を差し伸べる。
でも、其れは 「友情」としてで…「愛情」では、無い。
其れだけは、はっきり言える。
其れだけは、はっきり言える。
… だって。
瞳を閉じた時、瞼に映る影… 其れは、道明寺じゃ無いもの…。
独りで居る時に、胸が張り裂けそうになる程、会いたくて堪らなくなるのも…「彼」では無い。
…「類」なの…。
気付いてしまった。
此の、全ての 「自由」が許されない立場になってしまってから… あたしが一番、欲しているものに。
此の、全ての 「自由」が許されない立場になってしまってから… あたしが一番、欲しているものに。
……。
『類… 解った』
つくしはきっぱりと、呟く。
『あたし… あいつと話をするって言いながら、別れを切り出すコトばかり考えてた。
… 其れじゃ、いけないんだね』
『……』
『道明寺と結婚をして 「誓い」を交わした… 其の責任は、負わなくちゃ』
『… 牧野』
『あたしが求める 「幸せ」と、あいつが理想とする 「幸せ」に、違いが有りすぎる…。
… 結婚して擦れ違いを感じ始めた頃に、やっと其れに気付いたの』
『……』
『道明寺が求る「あたし」と、現実の 「あたし」の差が有りすぎて。
だけど、どんなに努力したとしても、あたしは絶対、あいつの希望に答えられない。
だって、あいつが求める 「あたし」は 「あたし」自身では無くなってしまう 「モノ」だから。
… 其れを正直に、話してみる。
類とあたしの… そして、あいつの「此れから」の為にも…』
『… うん。
俺達 「みんな」の…』
『… そうだね。
其の先 「みんな」の、幸せの為に…』
… つくしは、空を仰ぎ見た。
花びらの雨が降り頻る中、一筋の光がつくしに向かい射し込んでいる。
… まるで、希望の道筋を照らすかのように。
… まるで、希望の道筋を照らすかのように。
そうだ… 自信が無いなんて、言って居られない。
自信が無いなら無いなりに、今、自分がするべきコトを、自身で考え行動しなければ。
… 其の場に佇むばかりでは、物事は何も進まないのだから。
… 大丈夫、なんとかなる。
今までだってあたしは、そうして生きてきた。
「あたし」らしく… 一歩一歩、進んで行けばいい。
「前」 だけを確りと見据え… 自分の想いを信じて。
… そうすれば、道は自ずと開けていくはず。
何より、あたしはもう…「ひとり」では、無いのだ。
… 支えとなってくれる 「大切な人」が居る。
そう… ふたりでなら、どんな道であろうと越えて行ける。
そして、どんな 「未来」に辿り着いていようとも、きっとふたり… 笑顔になれてる。
……。
『… 牧野。 もうひとつ… お願い』
類が改まった声で、再び、会話を繋いだ。
『何?』
つくしは、スカートに付いた花びらと砂埃を叩きながら立ち上がり、軽い気持ちで類の 「願い」を尋ね聴く。
『もう、どんなコト言われても平気よ?
願いって、何? 何でも言って?』
つくしの屈託の無い言葉に、類は大袈裟に吹き出し、ケラケラと笑った。
『そんな… 構える程、たいしたコトじゃない。
… ホント、くだらないコト…』
類の声が自信無さ気に、徐々に小さくなってゆく。
『……?』
「構える程じゃない」…「くだらない」コト?
そう話す割には、なかなか本題を切り出さなくて。
… 一体、何なの?
『何? もったいぶらないで、早く教えてよ?』
つくしは、先程の 「早とちり」という失態を思い出し、今度こそ慎重に、類の言葉を待った。
… 類の小さな咳払いと深呼吸が、耳元を擽る。
そんなに畏まった 「願い事」?
類… 早く 「願い」を言って?
『あのさ… あんたの 「名前」…』
『「名前」?』
また 「抹茶ミルク」とか… 此の状況で、突然言ったりしないよね?
… マジメな話…?
言葉を待っているだけだというのに、つくしの鼓動が徐々に激しくなってゆくのが、感じられる…。
… 脳内に、自分の動悸が響いてくる。
… 胸元に触れなくても、心臓が大きく波打っているのが分かる。
類… 早く 「願い」を言って?
なんだか… 胸が苦しくなってきてる。
早く、早く、早く…。
… つくしは軽い興奮を覚えながら、類の言葉を待ち続けた。
『ん… 改まって言うようなコトじゃない… けど…』
… 類の柔らかな声に、つくしの緊張が一気に緩んでいく。
『… うん、なに?』
『あのさ… あんたの 「名前」…』
『「名前」?』
『… うん…「名前」。
『類…』
…「つくし」って、俺… 呼んで、いい…?』
『… へ? あ… あたしを!?』
つくしは再び 「興奮状態」に陥り、驚きの声をあげた。
… 伴い、突然の類の願いを 「そんなコト」と思いつつも。
「名前を呼ばれる」… 其れを想像するだけで、胸が高鳴り、切なくなる想いを感じて。
… 此れは 「ときめき」だ。
道明寺に初めて呼ばれた時には、結婚というモノを認識しただけで、何も感じるコトはなかった。
もちろん、あきらや総二郎… 他の男性からも感じない。
… 類から呼ばれる時に 「だけ」起こる 「歓喜」にも似た想い…。
『… あんたがさ。
昔、俺を… 「花沢類」って、呼んでたろ?
あれって、自分の存在を認識させられる気がして。
… 呼ばれる度、あんたが俺を必要としてくれてるような… そんな気にさせられた』
『……』
『… だからって、ワケじゃないけど。
あんたの名前、口にするだけで… ホッとするから』
『今更… だけど。
ふと、先ほどまでのつくしとの電話を思い返し、相変わらずのそそっかしさと朗らかな応対をみせたつくしに、頬が緩む…。
… と、同時に 「総二郎」と間違えられたコトを思い出し、複雑な心境を示すように眉間に皺を寄せた。
でも… そう、呼んでいい? …「つくし」』
『……!!』
つくしの頬が、急激に紅く染まる。
動悸が、激しくなっていく。
どうして類には… こう、何時も 「ドキドキ」させられるのだろう。
… どう、応えていいのか。
気持ちが昂ってしまって、わからない…。
気持ちが昂ってしまって、わからない…。
『あ… や…。 えーと…。
… もう!! 改めて、了解なんて取らないで!
類がそう呼ぶのは、あたしにとって当たり前なの!!』
つくしの弾みのある声が、森に響く。
其の明朗な返答に、類は高らかな笑い声を上げた。
そして、一呼吸置いた後… ゆっくりとした口調で。
今度は諭すように… 呟く。
『大丈夫…「つくし」。
最後はきっと、笑っている。
つらいコト、起きても… 乗り越えられるから。
…「二人」でなら…』
『… うん…!』
類の慈愛に満ちた囁きに、つくしは瞳に滲む涙を感じつつも、微笑を浮かべ応えを返した。
通話を切り携帯を閉じながら、類はベッドに向かい身体を投げ出す。
枕に顔を押し付け一息ついた後、頭を上げ、何気なく庭を眺めた。
庭の木々の間から、眩い太陽光に照らされた葡萄畑が見える。
葡萄の葉が光線を反射させ、まるで地上に散りばむ星屑のように、煌めいていた。
葡萄の葉が光線を反射させ、まるで地上に散りばむ星屑のように、煌めいていた。
… と、同時に 「総二郎」と間違えられたコトを思い出し、複雑な心境を示すように眉間に皺を寄せた。
視線をベッド脇に移せば、サイドテーブルに置かれた花瓶に、一枝の桜。
昨日蕾だった花芽も一斉に綻び、一段と華やかに咲き誇って… 周囲の空気を、薄紅色に染める。
今年は、つくし一人で愛でた 「森の桜」。
来年こそは、一緒に…。
… きっと…。
… 咲き綻ぶ桜の花に、つくしの笑顔を想い映らせながら。
類は再び、深い眠りに落ちていった…。
※ difficulty …終了しました 花沢家の団欒に長くお付き合い頂き、本当にありがとうございました 次回からは新章になります 引き続きのご愛顧?よろしくお願いいたします