桜の記憶  difficulty 56





どうして
類の前では… 素直になれるのだろう?
道明寺には、なかなか見せることが出来なかった… あたしの 「本当の姿」。

何時も、傍に居て欲しくて…。
… 声を聴いていたくて。

誰にも知られたくない、あたしの「弱点」。
彼は其の透明な薄茶の瞳で、そんなあたしの秘め事さえも、見透かしていく。

… 彼には、嘘もつけない。
どんなに隠そうとしても、全てを見抜かれてしまう。

だけどそんなあたしの、ズルい所も醜い所も弱い所も意地っ張りな所も… 全てを知った上で。
… 彼は愛してくれる。

あたしの、ココロもカラダも… 全部。


あたしの想い、総てを受け止めてもらえるという…「甘え」が出ちゃうんだ…。

… 類には…。



『遅くなったから… 不安にさせた?』


類の心配そうに尋ねる 「声」が、耳に響く。
其れだけで、安心感と幸福感につくしは包まれ… 心も身体も満たされていく。

降り続ける桜の花びら… 秒速5センチメートルの動き。
穏やかな時間の流れに漂いながら、つくしは類との 「幻想世界」に浸った。


『… ううん。
 でも、あたしの所為で迷惑かけて…。
 類にツラい想いさせていないか… 心配にはなったよ』

『くすっ… そんなの、無い。
 かえって感謝してる… 牧野に』

『感謝? … あたしに?
 そう言えば…「桜が咲いた」って…』

『うん… 初めて 「家族」として理解した… 両親のこと。
 … とても幸せな夜だったよ…』

『……』

会いたがってた… 母さんが。
 … 牧野に』

『お母さんが? あたしに?』

『うん…「家族」になるんだからって。
 … 言ってくれた』

『… 家族…』


つくしは其の 「言葉」を発した途端に、自分の目頭が熱くなるのを感じた。

… 鼻の奥が、ツン… と痛む。  
思わず洩れてしまいそうになる嗚咽を、ゆっくりと静かに飲み込んだ。


…「結婚」の先に、夢見ていたモノ。 

幸せな笑い声が響く、家族の団欒。
笑顔が何時も溢れて居る、日溜まりのような家。

其れは、此の家… 道明寺家では、叶えられなかったコトだ。


… また、夢見ていいの?

… お父さん、お母さん… そして、類と。

…「家族」になること。

… そんな我儘を… 許して貰える?


そして、もうひとつ…


… どうしてなのだろう?

何故こんな見ず知らずの自分に、類の 「家族」は、そんな優しさ… 慈しみをかけてくれるのか?


『… 類…』

『ん…?』

『あたし… いいのかな…?
 勝手なコトばかりしているのに。
 こんな幸せになること… 許されるの?』

『牧野…』

『だって、あたし… 何も返せないのに。
 お父さんや、お母さん… タマ先輩、優紀… 西門さん。
 其れに、類にも…。
 何もしてあげられない… 何も出来ない。
 … なのに…。
 ホントに… いいの?』


つくしの頬を、溢れた涙が幾筋もの道を作り伝い濡らした。
其の頬を、桜の香りを含んだ春の風が、淡く… 優しく掠めていく。

其れはまるで、類の指先がそっと… つくしの素肌に触れたかのようで…。


『… 牧野…』


… 類の柔らかな声が、つくしの耳を擽る。


『……』


… つくしは耳を澄ませ、次の言葉を待った。


『… あんたの悲しみは、俺にとっての不幸なんだって… 言ったよね?』

『……』

『そして… あんたの笑顔は俺を幸せにするってコトも… 知ってるね?』

『… うん』

『あんたからは、たくさんのモノ… もう、もらってる。
 だから此の先あんたは… あんた自身が 「幸せ」になるだけでいいんだ。
 其れだけで皆… 周りの人間も幸せになれる』

『……』

『素直に生きればいいんだよ… 自分に。
 あんたの信じる道を… 自分らしく』

『… 素直? 自分… らしく?』

『… そう。
 あんたは、其れだけでいい。
 あとは、自分の想い 「ひとつ」持って俺の所… 来ればいいよ』

『「想い」… だけ?』

『… 其のあとは、俺が守るから。
 あんたの 「自由」を… 生涯、ずっと』

『……』

『… わかった?』

『… うん…』


… つくしの 「返事」が震える。

類からの想いが、心の琴線に触れて。

胸が詰まる… もっと話がしたいのに。

… 涙が、止まらない…。


… 類は、あたしの前に 「光」を灯してくれる。

あたしは其の光を道標に、自分の足で… そして意志で。
自らの 「想い」のまま、歩んで行けばいい…。

… 類は、そう言ってくれているのだ。


……。


… あたしは、勝手だ。

周りの人達に迷惑をかけて、そして、類の優しさにも甘えて。
自分にとっての 「一番の幸せ」を、掴もうとしている…。

ほんと… 自分勝手で、ズルい人間。


でも… ね。

もう 「此の人」の掌だけは… 離したく無いの。


…「心」…  失いたく無い。

類のココロも… 自分のココロも。


だから… お願い。

どんなに罵られようと… 構わないから。


此の人の傍に居るコトだけは… 許して…。



『… 牧野?』

『…… 類』

『ん…?』

『…… 好き…』

『……』

『あたし… 離れたく無いの…。
 類の傍に… ずっと居たい…』

『… ん』

『「わがまま」だって、わかってる。
 だけど… あなただけは、失いたく無いって…。
 絶対に… ずっと…』

『… 牧野…』

『… 類。 あたし… 頑張るから…。  
 だから、お願い… ずっと傍に居させて…』

『……』


つくしの頬を、涙が伝い続ける。
其れから、幾時か… 互いの静かな息づかいだけを、耳元に感じ続けた…。


… どれくらい、時が経過した頃だろうか。


『… バカ… 牧野』


類の微かな昂揚を含んだ声が、静寂の中… 木霊した。





※  すいませんあせる 今回もとりあえずのUPになりますえーん よろしくお願い致しますクローバー