one more…  2






【 Tsukushi 】




あの雪の降る日に類のコートに包まれるようにして抱き締められた時、あたしには「拒絶」という言葉が思い浮かばなかった。


彼の言うとおり、本当にその場所は暖かくて。

親鳥に守られる雛のように、あたしは類の胸に寄り添っているコトに「安心感」を覚え、そして「幸せ」を感じていた。


… 類の、香りがする。

胸の鼓動が、自分でも異常なほどに高まっていることが判る。

一年前には道明寺を理由に絶つことが出来た、類からの「想い」を…。
… 今、あたしは、自分から欲している…。

……。

え…?
自分…から?

……。

その思いに気付いた瞬間、あたしは類の胸を押し返していた。


『牧野?』

『だめ… だめだよ、類… ごめん…』


頸を振り、後ずさりする。  


…これは、何への否定?

類の「行動」? あたしの「気持ち」…?
解らない… 解らないよ…!

あたしの頬を、いつの間にか涙が伝っていた。
類の腕が、あたしの頬に向かい伸びる。

『… ごめん… 泣くな』

頬に触れ涙を掬う、指先。  
冷たいと思って受けた彼の指は、まるで火の様に熱かった。
触れた指先はそのまま、あたしの耳元を掠めてゆき。
いつの間にか、あたしの両頬を、彼の掌が包んでいる。

頬が熱い… 熱いのは、あたしの頬なのかな?
それとも、類の掌…?

掌の動きに誘われるように、顔を上げた。
… 類と、視線が交わる。

もう… 動けない。
そのビー玉のような、薄茶の瞳に見詰められたら。

類の唇が、あたしに近づいてくる。
彼の吐息を額に感じた瞬間、あたしは静かに瞼を閉じた。

視界が闇に染まると同時… 頬を包む掌より熱い「想い」が。
あたしの唇に… 触れた。





【 Rui 】



思わず、指先を唇に寄せる…。

… 彼女の温もりが、まだ己の唇に残っているような気がして。


……。  

… 馬鹿な…。


自分で行動しておきながら、自嘲気味に唇から指を離し腕を投げ出す。

いつまで、しがみついているんだ… 牧野への「想い」 に。

彼女が消えてしまってから、いくら探しても、その姿を見つけ出すことは出来なかった。
それでも記憶に残る彼女は、より一層鮮明に、その姿を脳裏に思い浮かばせ。
想いは風化するどころか、更に深くなってゆく。


…… RU.RU.RU……  
室内に電話のコール音が響いた。

携帯 … 誰?  

… まさか?

全てが彼女に繋がってゆく、俺の心。
俺は逸る気持ちを抱きながら立ち上がり、テーブルに投げてあった携帯を取る。

『… はい』
『類? 俺、あきら』

一瞬にして起こる落胆… 何度こんなコトを繰り返してきただろう?

『あきら? … 何?』
『… 話があるんだ。 式まで未だ時間あるだろ?
 部屋に行っても大丈夫か?』
『話…?』
『ああ… 「牧野」のことで』
『……』

牧野のコト? … 今更あきらが、何の話だ?  
しかし内容が何であれ、彼を追い返す理由も無い。

『いいよ…。 部屋は16階…』

部屋の番号を伝え、通話を切る。
… と同時に、深い溜息が自然に溢れた。

… 俺は、どうしてここに居るんだ?  
今、この瞬間にも、彼女を探し出して。  
もう一度、彼女に触れたいと… 抱き締めて、キスしたいと。

… こんなにも、願っているのに。 


……。


あの雪の日の一件以来、牧野の態度は俄かに変わった。
俺に対する 「壁」が、薄くなったり、厚くなったり…。
どう、表現したらいいのだろう?
牧野の行動を見ている限りで、彼女の 「想い」が一体誰に向いているのか、俺には、解らなくなっていた。


… その前年の、年末。 
牧野の誕生日に、司と牧野は正式に婚約を交わした。

年内中に婚約だけはしておきたいと言い続けていた司に対し、ずっと明確な返事を避けていた牧野。

『何でなんだろう? なんで、婚約?
 あたしはまだ大学生で… この世の中のコト、何ひとつ知らないのに。
 こんなに早く、型に嵌ってしまいたく無いよ…』

俺と二人で居る時に、必ず出る牧野の 「呟き」… それは彼女の 「本音」。  
自分一人の力で未知の世界へ飛び出してみたいという気持ち… 彼女の性格を考えれば、それはごく自然な想いだったように思う。

そして話をするたびに俺は、そんな彼女の前向きな姿勢を、その笑顔と共に守ってやりたいという気持ちに駆られていた。

牧野が自分の 「モノ」になる事は無いのだ… と、解かっていても。

しかし彼女は、最終的に司の思いを受け入れ婚約を決めた。
司の強引な導きに、無理やり頷いたような形ではあったが…。

… 牧野は司を、愛しているのだ。 
自分の 「自由」よりも、司との 「二人で紡ぐ未来」を選んだ… そういうコトだろう。

俺は自身の牧野への 「想い」に気付いていながらも、再び、彼女を見守る道を選ぶしかなかった。


そんな決心をした、翌月。 
久しぶりに大学で会って、他愛も無いお喋りをしながら二人で穏やかな時間を過ごした後の、小雪舞い散る帰り道。

俺は、牧野に… 「触れ」てしまった。


彼女への想いを封印するなんて、出来る筈が無かった。
そしてこの時、牧野も… 俺の想いを、確かに受け取った。

… この 「意味」は…?  
… 牧野の 「気持ち」は、どこに…?


それからだ… 牧野の態度が、変わったのは。

司が共に居る時にみせる、露骨なまでの俺に対するよそよそしい態度。
そして俺だけが解かる、にこやかな笑顔の下に隠した無視。

かと思いきや… ふとした偶然で二人きりになると。
その漆黒の瞳に、艶やかな藍を滲ませ… 俺を見つめる。


… 牧野、あんたは俺をどう思ってるの?
俺に、どうしろっていうの?

俺が傍に居ることは、あんたの苦痛になる?

あんたを、見ていたい…。 
あんたに、触れたい…。 
あんたを、抱き締めたい…。

その姿を見る度に、切なくて掻き毟りたくなるほどの、焦がれを感じ… その瞳に見つめられる度に、昂揚で張り裂けるほどの、想いを抱く。

そんな俺の想いを、牧野は理解しているのか?


転機は、春先に起こった。
牧野と、俺の… 色々な意味で、忘れられない一日。

… その日は、英徳大学に関係するスペシャリストだけを集め、桜の名所として有名な公園を眼下に見渡すホテルでパーティーが催されていた。
もちろんF4のメンバーは全員招待客。 
しかし司だけは仕事の都合でNYから戻ることが出来ず、欠席するとの連絡が事前に入っていた。

桜観賞パーティー… 数日前のコト。
司から俺に、一本の電話が入る。

『類… お前、例の花見の席に連れていくパートナー、決めてねぇんだろう?
 わりぃけど俺の代わり、牧野をエスコートして出てくれねぇか?』
『え? 牧野、行くの?』
『ああ… これから先、俺と一緒になったら、そういう機会も多くなるからな。
 こういう軽い席から慣らしていかねぇと』
『… ああ』
『牧野も、類なら安心だって言ってる… もちろん俺も。
 だから頼むぜ、一緒に居てやってくれ』
『……』

こうして俺は牧野の掌をとり、パーティーに参加するコトになる。
… 自分の想いに葛藤を続け、牧野の想いにも疑問を抱いたままで。