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… どうしたら、再びあなたの掌を取れるの?

どうしたらあなたの鼓動を、再び肌に感じることが出来るんだろ?


差し出された掌を拒絶したのは、あたし… なのに
何時までも抱かれた温もりを忘れられず
その声の幻聴を聴いて

… あなたのことばかりを、想う

切なくて、苦しくて… でも
選んだ道を後悔する事は、したくなくて


… 大地から吹き上げる、此の風に乗って
あたしの「想い」があなたの元に届くことは、あるのかな?

再びあなたと「繋がり」を持てる日は

いつか… くるの?





【 Rui 】



婚約式が執り行われるホテルの控えの一室で、俺は窓辺に寄りかかり、外を眺めていた。

 

曇天の空… 今にも雨が降り出してきそうだ。 
… 違う、既に降り始めている?

地上16階。
眼下を歩き行く人々の上、まるで春の野のようにパラソルの花冠が咲き開いていく。

「眼下」… いや「崖下」か?
「想い」は今や、崖の淵に立たされているようなものだ。


……。


『婚約!? そんなモノ、俺は受け入れられません!』
『受け入れられない? 何を言ってるんだ。
 類、今更お前の気持ちを聞いているんじゃない。
 これは花沢の跡取りとしての「使命」だ。
 結婚をし次期へ繋ぐ後継者を生み育てる… お前にはその自覚が、何時までも無い様だからな。
 … それとも、何か?
 結婚を望む相手でも、既に居るのかね?』
『……』


……。


半月前に交わされた父との会話を思い出し、小さく溜息をつきながらソファに沈む。
「結婚を望む相手」… 居る。 
この世で、ただ一人… 愛して止まない「者」。
…「牧野つくし」…

背もたれに寄りかかり、天を仰ぎ見た。
こうして何もせず過ごす時間に心に思い浮かぶのは、やはり「彼女」のコトばかりだ。

瞼を閉じ、記憶を辿る…。


……。


… 小雪が舞い散る冬の夜道を、二人で歩いた。


『寒いね、これから本降りになるのかな? 明日のバイト、大変かも』

『バイト?』
『うん、ビルの清掃。 
 雨や雪だと汚れもひどいし。 
 それに、滑りやすくなるんだよね』
『知ってるよ。 
 それであんた、去年、頭から階段下りたじゃん』
『もう! それは言わないでいいよ! 
 あぁ、恥ずかしい…。
 … でも出来るなら、積もるくらい降り続いて欲しいな』
『… なんで?』
『雪って無垢で… ほら、雪の降り積もった朝にさ?
 白に覆われた街、見たりすると。
 心の蟠りとか柵とか… そんなモノ、真っ新にしてくれる気がして。
 素直になれる… っていうか』
『……』
『あ、は… よくわかんない、自分でも』

 

牧野の少し照れたような微笑み。
俺は掌に、灯火に照らされ散光する雪の結晶を拾い受けながら、その微笑に応えを返す。

 

『ん… 解かるよ、触れると浄化されてる気分になる…』
『類…』
『虚栄とか、拘りとかさ… そんなもの、融け流されていく感じ。 
 … 純真な想いだけ、残って』
『……』

 

… 歩道から外れ、小さな公園に辿りついた。
そこでふたり立ち止まり、空を見上げる。

薄暗い街路灯の遥か先、漆黒の闇から落ちてくる、雪花…。
… 俺たちは傘もささず、天に座す神に向かい懺悔の祈りでも捧げているかのように、無言でその場に立ち尽くし。
雪の 「清浄」を受ける… 二人で。 

… ふと、視線を牧野に向けた。  
瞼を閉じ、身動きひとつせず佇んでる。
牧野の黒髪に、細かな雪が、髪飾りのように、煌めいて。
しかしその 「煌き」は、彼女の熱と同化し、忽ちのうちに消滅する。

… 儚いモノ… その姿、消すな…

… 俺は衝動的に、彼女の髪に触れた。

 

『類?』

 

牧野は俺の突然の接触に、咄嗟、身体を強張らせる。
しかし俺はそんな彼女の反応など無視して、そのまま髪間に己の指を絡ませて。

… 掌に感じる、牧野の体温(ぬくもり)。
雪を同化させても、尚、温かく…。 

 

『… 雪、髪に積もってる。 
 あんたの体温で、溶けてくけど… そのうち熱、奪われるよ』 

 

俺は呟きながら、牧野を胸元に抱き寄せた。
牧野の小さな身体が、俺の開けたコートの中に納まる。

 

『この方が温かい… ここで雪を眺めるなら…』
『… 類… あたし……』

 

この時、牧野は、それ以上何も言わず。
ただ俺の腕の中、静かに抱きしめられていた。
… 雪は降り続き、周囲は静寂に包まれていく。
しかし俺と牧野の鼓動だけは、それに反するように、昂りを増していっていた…。






【 Tsukushi 】




『一人暮らしに慣れてきたとはいえ… 食材だけは沢山買うクセ、抜けないな』

 

6畳一間、台所とお風呂、トイレのみの、小さなアパートの部屋。
あたしはひとり、台所で食材とにらめっこをしながら呟いていた。

 

『あ、また、ひとりで喋ってる! 
 もう… 恥ずかしいから止めようって思ってるのに。
 … あ、また! もう…!』

 

まるで、ひとり漫才のようにお喋りをして… 「誰か」が、あたしの「声」を、聴いてくれる訳でもないのに。
… でも、こうでもしてないと、寂しくて居られない。
知る人が誰も居ないこの土地に来て、既に二年になろうというのに。
未だ過去の記憶にしがみついて、前に進めないで居る。

外に出ているときは、まだいい。 
新しく出来た友人たちと遊んだり、仕事に忙殺されていれば 「ツライコト」を忘れていられるから。
でも部屋に戻り、6畳間の電気をつけて… 今ここに居るのは自分だけなのだと認識した瞬間、一気に波が押し寄せる。

 

… だめ… 忘れられないよ。
… 会いたいの。 
… ううん… もう一度だけでもいいから。 

… 声が聴きたい。 
… 温もりを、感じたい。  

 

… あなたに… 抱かれたい…。  

… もう一度…。

 

涙が止め処なく溢れ、身体も震え始めるから。
自分を支えるように、抱き締めてやる。
それでも悲哀に潰れていく心と身体を、自分ではこれ以上、どうすることも出来なくて。
ただいつも声を殺し、泣き続けるしかなかった。

 

『……。
 … 類 …!! 』