桜の記憶  difficulty 15





カーテンの隙間から射し込む光の明るさに気付き、類は目覚める。
一瞬… 今居る場所が把握できず、茫然と天を見詰めた。

… 自分の部屋として見慣れ始めた、ミラノのアパルトマン。
今居るのは、其処のベッドルームだ。


『……? … あ… さ?』


時差の所為か、未だ時間の感覚が戻らない。
日本に滞在したのはたったの1日だけであったのに。
「印象」が強烈すぎたのか、体内の 「時計」が日本時間にリセットされてしまったようだ。

… ゆっくりと起き出し、中途半端に閉めていたカーテンを思い切りよく開ける。
眩い朝の陽光が一斉に部屋中に放たれ、白壁に反射しあって。

『… っつ…!』


類の瞳にも容赦なく光線が突き刺さり… あまりの眩しさに痛みを感じて、咄嗟、瞼を閉じた。
再びゆっくりと開きながらベッドに向かい振り返る… と、ベッドの中央付近に一段と目映い反射光を発して煌めくモノがあった。


『……』


… 携帯電話だ。
ベッドに上り、其れを拾いあげる。
メールの 「着信」を告げるランプが、淡い点滅を魅せていた。


『… あ… 牧野…』


… だんだんと昨夜の記憶が蘇ってくる。

あぁ、そうだ… 寝起きのつくしに対し自分から電話を入れておきながら、話の途中で眠ってしまったのだっけ。

あれからつくしはどうしたのだろう?
あれだけつくしの寝起きの悪さを笑っておきながら、自分も寝落ちしてしまったなんて。


… また 「三年寝太郎」って、馬鹿にされそうだな。


そう思い苦笑しながら、メールの 「差出人」を確認する。


其処には…「恋人」の名前。

そしてメールには、感謝の言葉と… 彼女の強い意志を含んだ言の葉たちが綴られていて。


「おはよう、類。 疲れは取れた?
 週末は幸せな時間をありがとう。
 あなたに会えて、たくさんの勇気をもらって。
 自分を取り戻せた気がするよ。
 だから… あたしのこと解っている類には、もうバレていたかもしれないけど。
 あたし、自分のコトには自分でケリをつけたいから。
 近い内、道明寺に会って来る。
 類は怒るかもしれないけど… でも、お願い。
 あたしを見守って。
 あたしの決心、見届けてね。
 類、大好きだよ。
 類もムリはしないで。 仕事頑張って。
 またメールするね」


『……』


つくしのメールを読みながら、思わず類は笑った。


『くくっ… 見守って、か。
 まったく… 突っ走るな、って言ってるのに。
 … こいつは…』


呆れたように呟きながらも、其の頬は微笑に満ちている。

つくしの記す文章から 「太陽のような笑顔」と 「真っ直ぐな瞳」を魅せる彼女が、伺えて。
つくしが 「牧野つくし」であることを、確りと思い出したであろうコトが確認出来て。

… 類の心を安堵させた。


『… ってことは、俺も早急に動かなきゃ…』


携帯電話を閉じながら、一言呟く。

昨夜脱ぎ捨てたジャケットを拾い、類は早々にベッドルームを後にした。


コーヒーを落としながら、シャワールームに向かう。
コックを全開にし、シャワールーム全体に飛沫を散らせた。
程なく白い気体が充満してゆき、部屋は暖気を帯びて行く。

着衣をクリーニングボックスに投げ捨て、迸る飛沫(しぶき)の中に飛び込んだ。

身体が水分を補給したのか、全身… 解れていくような感覚。
汗や汚れと共に、疲れをも浚い流していくようで。

… 類の脳が、次第にクリアーになってゆく…。


飛沫を身体中に浴びせながら、類は此の先のことを思う。

先ずは、今週トスカーナで落ち合う両親への説得だ。

田村は 「類が話せば、必ず理解を示してくれる」と… そう、言っていたが。
やはり相手であるつくしが、道明寺家に嫁いだ女性であると云う特殊性を考えれば、そう簡単には納得してくれ無いだろう。

しかしどうにか理解をしてもらい、彼女との未来… 其の受け入れ先を確保出来なければ、やはり自分も、花沢の家を出る… そんな選択を取らねばならなくなるのだ。

… そうならないためにも…。


『……』


… 再び訪れる 「緊張」。

しかし昨日までと違い 「興奮」にも似たモノ…。


……。 


… 大丈夫。 「俺」の両親だ。
 
… きっと解ってくれる。


……。


類は自分の中にある両親と同じ 「熱情」を、再確認していた。





※  今回から類くんsideとなります照れ ちょっと長い章となりますがどうかお付き合いくださいおねがい 感想コメント・いいねポチ頂けると励みになりますニコニコ よろしくお願いいたしますクローバー