桜の記憶  difficulty 2





つくしは顔を上げ、横に居るタマを見つめた。


『… 此処でまた後ろを向いちまったら、同じコトの繰り返しだ。
 あんたはまた、花沢様の掌を取り逃す気かい?』

『……』


困惑の表情を見せながらも、黙って首を振る。


『… 前を向いて行きな。
 大丈夫… あんたの気持ちが決まっていれば、未来は絶対に、良い方に転がるよ。
 … しっかりおし』

『… タマ先輩』


つくしの瞳から、涙が止めどなく溢れる。
タマはそんなつくしの肩を叩きながら、励ましを続けた。

… が、程なくして。
突然、気を取り直したように、スッと背筋を伸ばしたかと思うと…。


『泣いてなんか、いられないよ!
 時間は待っちゃくれないんだ、やるべきコトはさっさとおやり!
 坊ちゃんには、どう話すんだい!?
 あんたが直接、言うのかい?  
 それとも、花沢様が?』


… と、つくしに向かい 「檄」を飛ばし始めて。


『… ぷっ! … ははは。
 タマ先輩、待って…!
 一遍には言えないです…ははは』


あまりのタマの豹変ぶりに、つくしは思わず声を出して笑う。
そして改めて姿勢を正すと、タマに辞儀を示しながら言葉を発し始めた。


『タマ先輩、ありがとうございます。
 あたし、本当に大切にしたい人… 幸せにしてあげたい人が…。
 そして、あたしを支え続けてくれる人が誰なのか… わかったんです』

『……』

『花沢類がイタリアに行くって聞いた時… はっきりと』


つくしは微笑を浮かべながら、話を続ける。


『… NYから戻って、ずっと傍に居てくれる彼の優しさに甘え続けて。
 何時の間にか、其れが当たり前のコトだと勘違いしていました。
 傍に居る… 温もりを感じると云うコトが、どれだけ幸福なコトなのか。
 そして、彼があたしにしてくれていた行為が、どれだけ大変なコトだったのか。
 あたしは全く、理解しようとしていなかった。
 馬鹿ですよね…。
 あたしは道明寺にプロポーズされて結婚が決まってからも、類はずっと傍に居てくれるって… そう思ってたんです。
 彼が… 類が大学を卒業して仕事に就いてからもずっと… 今までと同じように。
 でも、イタリアと日本に離れるコトになるって聞いて… もう、なかなか会えなくなるんだって言われて。
 あたし其れを聞いた時、足元が崩れ落ちていく気がした。
 道明寺との別れの時と同じように… ううん、もっとショックだったのかも。
 … 彼と一緒にいるにはどうしたらいいんだろう?
 もう傍に居てもらえ無いなんて… あたしは何を支えにしていけばいいの?
 … 毎日そればかりを考えてました。
 今思うと、ホント 「あたしらしく」無いですよね。
 あたしは自分を 「強い女」だって思っていたけど… 道明寺に対しても、そう振る舞って来たけど。
 でも、其の時気付いたんです。
 あたしは全然強くない。
 あたしが道明寺と離れられたのは… NYに旅立つあいつを見送れたのは…「類」と云う大きな支えがあったからこそ示せたモノだったんだって。
 そして同時にはっきりと、自分に必要なのは誰なのか…
やっと解って』

『……』


つくしの頬を、涙が一筋だけ伝う。


『それでも、自分の気持ちがわかって、類の気持ちも知っていたのに… あたしはどうするコトも出来なかった。
 結婚の準備は着々と進んで行く… 自分の意思ではどうにもならない大きな力に、呑み込まれ流されて。
 そんな生活の中で… そうか、想いを仕舞ってしまえばいいんだって…。
 類への気持ちはもう封印して、道明寺の妻になろうって… そう決心して。
 結婚前… イタリアに行ってしまった類から一度だけ手紙が来たけど、あたしは心を惑わされたくなくて破り棄てました。
 彼が居る場所を知ってしまったら、直ぐにでも会いに行きたくなってしまうから。
 だからあたし… 今も類の住んでいる所って、よく知らないんですよ。
 今、送られてくるカードは、彼らしいというか… 名前とコメントしか書いてなくて』


つくしは類からの 「カード」を思い出しながら、小さく笑った。


『… 其れからは連絡も途絶えて。
 きっと彼も、あたしを忘れたんだって… 思ってた。
 結婚式でも、互いに自分の心に「ウソ」を… 想いの蓋を閉じて。
 … 笑顔で別れて。
 ……。
 … 結婚して此の家で生活する中で、あたしは自分を更に見失っていきました。
 道明寺にも突き放されて、あたしは此処で何の目的も見つけられず暮らしていくしか無いんだって、諦めかけてたんです。
 そうしたら、昨日の夜…。
 どうして類が日本に居るのか… 解らなかった。
 あたしが苦しんで居るコト… 何で彼は知ったんだろう?
 ……。
 昨夜はタマ先輩のおかげで 「想い」の…「あたし自身」の確認が出来ました。
 あたしは今度こそ間違っていないと思うんです。
 彼の手を… 離したくないんです』


つくしは、其処で一度タマの方に向き返り、改めて深々と頭を下げた。


『… ごめんなさい、タマ先輩。
 道明寺とのコト一番心配してもらったのに、其れに応えるコトが出来なくて。
 其の上、類の所に行くあたしの… 片棒を担ぐような真似までさせてしまって。
 … 本当にごめんなさい』

『……』


タマは無言のまま、つくしの肩を叩く。
顔を上げたつくしと視線が合うと、優しく微笑みをかけた。
つくしもつられ、微笑を浮かべる。


『… 坊ちゃんには、あんたが話すのかい?』


タマの問いに、つくしはコクンと頷いた。


『類は… 自分が道明寺に話をしに行くって言ってくれたんですけど。
 此れはあたしと道明寺の問題だから、あたしがちゃんと話をして、ケジメをつけなくちゃいけないので。
 近いうちにNYに行って来ます』


「きっぱり」と言い切りながら魅せる其の黒い大きな瞳に、迷いは無かった。
そんなつくしの姿に、タマは安堵の表情を浮かべ大きく頷く。


『わかったよ… しっかりおやり。
 きっちり決着がつくまで、見届けてやるから』

『はい!』


… つくしの返事に、ふたり声を出し笑った。


タマの心に、司への同情が無い訳ではない。
やはり今でも司には、誰よりも幸せになって欲しいと願っている。

しかし其の相手は 「つくし」ではない。
其れは今の状況を見れば、明らかな事だ。

其の事に司が気付き、素直につくしとの別れを受け入れてくれたなら… と、思う。
そして、新しい 「道」を見つけることが出来るように… とも。


全て上手く行くのかどうか… 本音で言ってしまえば、タマも不安の方が大きい。

しかし今は… 眼の前で微笑む 「娘」が幸せになるコト… それだけを願った。





※  つくしちゃんの語りに合わせ此処までのおさらいです照れ 長い呟きになってますがお付き合いくださいねおねがい 感想コメント・いいねポチ頂けると励みになります。 よろしくお願いいたしますクローバー